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「助けていただいてありがとうございました」
ほっとして礼を告げたが、主様は何も言わず私の手で視線を止めた。血がにじむ手を慌てて後ろ手に隠した。何か叱責されるかもしれないと思ったが、かけられた言葉は予想外のものだった。
「お前を食う気が失せた」
「どういう、ことですか……」
震える声で問う私に主様は淡々と返す。
「ここより離れた地に連れて行く。人里におり、人に混じり暮らせ」
「言いつけを守れず怪我をしたからですか!? それともなかなか太らないから――」
理由を問いながら、私は主様の不自然な様子と先程烏から聞いた話から悟った。
「最初から、主様は私を食べる気はなかったのですね」
主様は無言で背を向けたが、それが何よりの答えだった。何度尋ねてもまだだと言われていたのはそういうことだったのだ。
「ではどうして両親に子を差し出せなどと」
主様にこんな言い方はいけないと思うのに、責めるような言葉は止められない。主様は一瞬こちらに顔を向けたがすぐに逸らした。
「あの日、追剥共を殺した後、すぐに立ち去るつもりであった。しかし、女の腹に子が二つ宿っているのに気づいたのだ。人が双子を生んだ時、片割れがどうなるかは知っていた」
「私を生かすために、あの約束を?」
それに主様は緩く首を振った。
「贄で来た後はどこか遠くの村にでも置いて行くつもりだった。
しかし初めて会ったお前は生きることより俺に食われることを望んだ。そんなに辛い生ならば何も知らぬうちに死ぬ方が良かったのかもしれない。
それにその傷も俺の元にいるからついたものだ……俺はいつも間違える」
「いいえ! それは違います!」
私は主様の言葉を遮りその背に縋りつき叫んでいた。
「確かにあの家で暮らしている時は辛かったです。いないものとして扱われて寂しかった。でも私の存在を望んでくれていた主様がいたことが、ずっと私の心の支えだったのです。私はこうして主様と一緒にいられて、幸せです。だから主様が、私を否定するようなこと、言わないでください!」
目から涙がぽろぽろと溢れ出て止まらない。途中からはしゃくりあげて言葉がつっかえてしまったが私は必死に訴えた。
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