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ゆっくりと主様の背が離れていく。届かなかった想いに余計悲しくなると、ふいに私の目元を何かが拭った。びっくりして目を見開くと、大きな狼が私の涙をなめとっていた。白銀の毛並みは陽の光に七色に輝いている。
「あ、れ? 主様はどこに」
周りを見渡すがどこにもその姿は無い。
「おぉ、主様! その姿を拝見するのはずいぶんお懐かしい!」
どこにいたのか烏が飛んできて狼の肩に止まり嬉しそうに言った。
「主、様?」
「ようやく泣き止んだな」
確かに狼から主様の声がする。
「これは俺の本来の姿だ。穢れが溜まり、あのような姿に変容していたが、お前からの供物とその涙のおかげで穢れが落ちたようだ」
「供物……食事ですか? それに涙も?」
「人の真摯な心のこもったものは、力を与えるのだ。俺はあのまま怨霊に堕ちるか、消えるのを待つのみだと思っていた。だから最後は神らしく人を救って逝きたいと思っていたが、どうやらまだ先になりそうだ」
細められた瞳の色は春の空のような澄んだ青だった。
「お前に礼をせねばならないな。今ならどんな願いでも叶えられるぞ?」
主様に願うことは決まっている。
「では、ずっと主様のお側においてください」
願いへの答えのように、私は柔らかな主様の尻尾に包まれていた。
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