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十五年前の約束
両親が化け物と出会ったのは十五年前。二人が安産祈願に神社を詣でた帰りの道中、現れた三人の追剥たちに囲まれ死を覚悟した時だ。辺りに突然、獣臭のような腐臭なような強烈な悪臭が漂い、熊が近くにいるのかと皆の意識が脇の藪に向かう。藪が揺れ何か黒い塊が飛び出し、追剥の一人に襲い掛かった。追剥は悲鳴を上げる間もなく丸飲みにされ、あとには片方の草履だけが残された。
皆があっけにとられ息を飲んで見つめる先にいたのは、熊ではなかった。
そこには熊よりも大きな、汚泥を固めたような姿の四つ足の化け物がいた。垂れ下がった端の方は固まりきっていない粘液がしたたり落ち、地面に黒い染みをまだらに作っていた。
いち早く異常を察した追剥のうちの一人は我先にと逃げ出したが、すぐに追いつかれ食べられた。
次に化け物は残った追剥に狙いを定め迫る。追剥は手にしていた太刀を滅茶苦茶に振り回して応戦したが、その刃が化け物をかすめても傷一つ負うことは無かった。うっとおしそうにするだけで、化け物は太刀ごとこれも一飲みにしてしまう。
追剥たちはいなくなったが、それよりも恐ろしい存在に足がすくんで動けない両親は、ただ抱き合い震えているしか出来なかった。
「い、命だけは、命だけはお助けを……」
震える声での命乞いをする二人を見た化け物は動きを止めた。二人の方を見つめる顔に眼球は無く、黒い底なし沼のようなぽっかりとした穴があるだけだ。その穴が男から女を見て、女の腹で止まる。少し思案するような間の後、大きな口を歪めにやりと笑うと鋭い牙が並んだ歯が怪しく現れた。
「……良いだろう。お前たちは見逃してやる。その代わり女の腹の子が生まれ、十五になったら俺に差し出すのだ。あの先に堂があるから連れてまいれ。もし約束をたがえた時は、お前らの一族すべてを食うてやろう」
化け物はそれだけ言うと、返事も待たずに消えてしまった。二人は命が助かったことに安堵した。しかし去り際の化け物の言葉を思い出し青ざめた。まだ見ぬわが子を差し出さなければならなくなり悲嘆にくれたが、それも子が生まれるまでだった。
産婆が取り上げた赤子は男女の双子だったのだ。
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