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約束の日
一人お堂の中に取り残され、化け物が現れるまではすることもない私は、生まれてから何度も聞かされた昔話を思い出していた。
きっと私は、あの時の追剥たちのように食べられる。でもその前に、どうしても化け物にいいたいことがる。何度も考えて決めた言葉を胸中で繰り返した。
一刻、二刻。日が傾き影が長くなる頃、周囲の臭いが変わり目の前に大きな化け物が現れた。
「ほう、約束を違えず連れてまいったか。関心、関心」
化け物の吐き出す息は生臭く、腐敗臭がする。見た目も伝え聞いていた通りだ。
「怯えて声も出せぬか? 命乞いをしてみるか? 気まぐれを起こして、見逃してやるかもしれぬぞ」
私の顔を舐めるように見て、いやらしく笑う。化け物からしたたり落ちた粘液が白無垢を汚す。
私は化け物の提案にゆっくり首を横に振った。
「いいえ、命乞いなどいたしません」
「家族のためにその身をささげるか。ずいぶんな孝行者よ」
感心するような嘲るような言葉だ。それにも首を横に振ると、私はこの時に伝えようと思っていた言葉を口に乗せる。
「家族も関係ありません。私、貴方様にずっとお会いしたかったのです」
私の言葉に、化け物は動きを止めた。こちらに向けられる底なしの穴のような目は心なしか怪訝そうに見える。伝えたら不快にさせるだろうか。それでも今伝えなければ、永遠にその機会はないだろうと口を開く。
「私の命の恩人である貴方様に食べてもらえる日だけを夢見て、生きてまいりました。どうぞ私を貴方様の血肉にしてください」
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