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「お前ぐらいの人の子ならば、もう一人立ちしているものだと思うたが」
私の世話係になった烏は呆れたように言った。
あの後、屋敷の案内を受けた私は自室としてあてがわれた部屋で着物を脱ぐと倒れるように眠ってしまった。気づかないうちに気力も体力も限界に来ていたらしい。
そして朝、自分の腹が鳴る音で目覚めた。
私が起きたことに気づいて、部屋に顔を出した烏に食事の支度は出来るかと問われ何もできないと返したら「そこからか」と遠い目をされた。
今は指示された通り火を起こし包丁を握っている。
「私は蔵の中に閉じ込められていたから、何もしたことがなかったの」
それだけ返して手元の包丁に集中して大根を切る。指が刃先に出ないように丸めて慎重に。切り終えた大根は厚みと大きさがそろわず、不格好ないちょうが並んだ。それを水と出汁をいれて火にかけていた鍋に入れ、煮立ったところで味噌を追加した。
火の起こし方、米のとぎ方、包丁の握り方。何もできなかった私に、烏は根気強く指導してくれた。そのおかげでどうにかご飯とみそ汁が完成した。
手や足は今まで使わなかった筋肉を酷使したから怠く、指には切り傷が出来た。でも疲れよりも、一人でできたという充足感が私を満たしていた。
「あの方……主様は何か召し上がられたのですか?」
きっと昨日の食事は私だったはず。私を食べることが出来ないせいで、腹を空かせているのではないだろうか。
「主様は人とは違う。食事をせんでも死にはせん」
烏はそう言ったが、私は出来上がった食事を別によそい盆にのせると立ち上がった。
「おい、どこに行く。余計なことはするなよ!」
烏の言葉には答えず、私の足は昨日教えられた主様の部屋に向かっていた。
「あの、主様。起きておられますか?」
部屋の襖の前まで行くと、そっと声をかけた。しかし反応がなく今更ながら、余計なことなのではという考えが頭を過ぎる。
「何の用だ」
やっぱり止めようかと思った時に声がかかり、慌てて口を開く。
「えっと、烏さんに教わって食事を作りました。本当なら、私を食べてほしいのですが、まだ瘦せっぽちなので代わりにこちらを食べてほしいと思いまして」
そこで言葉を区切り盆を見る。先ほどまでは美味しそうに見えていたのに、不格好なそれを差し出すのが急に恥ずかしくなった。
「でも、よく考えたらまだまだ不出来な私が作ったものより別のものの方が良いですよね。烏さんにいって何かもらってきます」
盆を持って立ち上がろうとした時だった。
「……よい。そこに置いておけ」
「はい!」
後から取りに行くと、空の器が置いてあった。食べてもらえた喜びと共に、早く私もこんな風に綺麗に食べてもらえるように頑張ろうと決意を新たにした。
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