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光太郎は27歳、独身の男。東北の農村から東京に来てもう9年になる。高校を卒業し、大学に進学してから東京で住み始めた。高校での成績は優秀で、将来立派な社会人に慣れると両親は思っていた。
だが、光太郎は初めての1人暮らしの中で、ネットサーフィンにハマってしまった。そのため、勉強が手につかず、夜遅くまでネットサーフィンをすることによって居眠りが多くなった。教授からは変な目で見られた。だが、やめる事はできなかった。
結局、光太郎は落第して、就職浪人になった。最初はみんなから心配された。だが、両親の教えで、何とか就職することができた。その時は両親もほっとした。これから明るい未来が待っているものだろうと思われた。
だが、そこでも居眠り、遅刻の常習犯で、1年を絶たずに退社。再就職してから遅刻はなくなったものの、居眠りはなかなか改善されない。それに、学習能力がない。そんな彼を雇ってくれる人なんていない。残念だが、落第した自分が悪いから、それを受け止めなければならない。もう一度やり直したいと思っても、やり直す事は出来ない。
「もうあの頃に戻れないもんな」
帰り道で、光太郎は夜空を見つめた。住んでいるマンションの向こうには大学が見える。卒業してから新たにできた建物だ。すれ違う人々の多くは大学生だ。大学生はとても楽しそうに話しながら歩いている。孤独な自分とは正反対だ。あの時、自分が道を踏み外していなければ、そんな事にならなかったのに。悔いの残るこれまでの人生だ。
「寂しいな」
突然、空から赤い光が降ってきた。何だろう。光太郎は首をかしげた。その光はマンションに落ちた。だが、光太郎は興味がないかのようにマンションに向かって再び歩き出した。
光太郎はマンションに入った。入った当時、マンションには多くの同級生が住んでいた。苦しい時には協力してくれた。だが、卒業するとみんなマンションを出て行ってしまい、話す相手が誰もいなくなってしまった。
「今頃、あの子たちはどうしているんだろう。結婚して、子供ができて、幸せに暮らしているんだろうな」
光太郎は共に大学生活を送った人々を思い浮かべた。今頃、いい仕事に就いて幸せな生活を送っているだろうな。その中には結婚して、子供が生まれて、幸せな家庭を築いている人々もいるだろうな。だけど、入退社を繰り返す僕には無縁だ。悲しいけれど、これが自分への罰だ。受け止めなければならない。
「ん?」
と、光太郎は通路に倒れている鳥を見つけた。恐らく空から落ちたのだろう。その鳥はまるで炎のように赤い。怪我をしていないものの、意識がもうろうとしているようだ。
「だ、大丈夫か?」
光太郎はその鳥を手に取った。鳥はきれいな鳴き声で鳴いた。だが、元気がなさそうだ。部屋に持って帰って、保護しないと。たとえ1羽の鳥だけど、その鳥はかけがえのない命だ。大切にしなければならない。
それから、光太郎はマンションの大家に秘密で、その鳥を飼う事にした。その鳥はレッドと名付けた。マンションはペットが禁止であるにも関わらず。
それから10年、37歳になった光太郎は相変わらず孤独な生活を送っていた。大学の同級生の多くは結婚し、子供たちは学校に通っている。なのに、まだ恋に恵まれない。孤独な中で生きている。悲しい事だが、落第した自分への罰だ。
それから光太郎は10回以上も入退社を繰り返し、ようやく安定してきた。だが、アルバイトで給料は10万ちょっと。ギリギリの生活だ。同級生はもっともらっているんだろうな。うらやましいな。こんなに欲しかったな。
光太郎はいつものように家を帰ってきた。鳥かごにはレッドがいる。いつ見ても美しい。レッドを見るだけでうっとりする。どうしてだろう。レッドには不思議な力があるんじゃないかな? いや、そんな事はない。
「はぁ・・・」
光太郎は疲れていた。ここ最近、残業が続き、自由な時間が奪われていく。心がズタズタになりそうだ。だが、耐えなければならない。
「今日も残業か・・・」
光太郎はコンビニで買ってきた缶ビールと柿の種が入った袋を机の上に置いた。手を洗ってから食べよう。
光太郎は洗面台で手を洗った。光太郎は自分の顔を見て、ため息をついた。あの頃の美青年じゃない。髭を生やした太った男だ。結局、もうあの頃に戻れない。自暴自棄になり酒に明け暮れ、飲み過ぎて太ってしまった。
光太郎は洗面台から戻ってくると、缶ビールを開けた。また1人酒だ。だいたい1人酒しか経験したことがない。結婚した妻と、あるいは大人になった子供と飲みたい。その夢はもう叶わないだろう。僕なんて結婚と無縁だ。
「あの頃に戻りたいな。戻る事ができれば落第せずに幸せになれるかもしれないのに」
缶ビールはあっという間に切れた。光太郎はそのままベッドに横になった。ここ最近の残業で疲れ果てている。明日は休みだ。しっかりと疲れを取ろう。
突然、光太郎は目を覚ました。辺りがまぶしい。風が吹いている。こんな夜遅くに何だろう。それに、窓が開いている。誰が明けたんだろう。
「ん?」
目の前には、巨大な鳥がいる。コンドルよりもずっと大きい。そして、燃えるように赤い。その鳥は何だろう。ひょっとして、レッドだろうか? いや、そんなわけない。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「えっ!?」
光太郎は驚いた。レッドが人間の言葉を話す。何だろう。レッドは、ただの鳥じゃない。一体、どんな鳥だろう。
「私は、あなたが救った鳥です。私は火の鳥です。あなたを雲の上へ連れて行ってあげましょうか?」
光太郎は開いた口が塞がらない。火の鳥。まさか、レッドは火の鳥の雛だったとは。
「は、はい・・・」
レッドはベランダに向かった。空に連れて行くと突然言われても。でも、行ってみようかな? 明日は休みだ。いい気分転換になるだろう。
光太郎はレッドの背中に乗った。熱いんじゃないかと思ったが、そんなに熱くない。とてもフカフカしている。
「行きますよ」
レッドはあっという間に大空へ飛び立った。徐々に建物が小さくなっていく。光太郎は興奮した。こんな感覚は初めてだ。
「すごい! こんなに建物が小さく見えるなんて」
やがて、東京の夜景が一望できるぐらいまで高く上がった。こんなに美しい風景、見た事がない。まるで夢のようだ。
「きれいな夜景だね」
「そうでしょ?」
レッドは笑みを浮かべた。まるで母のようだ。光太郎は母を思い浮かべてしまった。どうしてだろう。
しばらく行くと、雲の上にやって来た。雲の上には何羽かの火の鳥がいる。両親か、兄弟姉妹だろうか?
「ここが、雲の上なの?」
「うん」
光太郎は辺りを見渡した。そして足を踏み入れた。雲の上が歩ける。信じられない。
「ママ、紹介するよ、この人が僕を救ってくれた光太郎さん」
「は、はじめまして・・・」
光太郎は緊張している。母は拾って育てた火の鳥よりはるかに大きい。そして、羽が燃えているようだ。火の鳥は神様のような鳥だ。まあか、目の前にいるとは。
「よく来ましたね、光太郎さん。あなたはよくぞヒルダを保護して、育ててくださいました。本当にありがとうございます」
母は感謝している。死んだと思われていたヒルダが下の世界の人間の手で育てられた事自体が奇跡だ。
「いえいえ。私はそんなかわいそうな奴が放っておけないので」
光太郎は少し笑みを浮かべた。困っている人がいたら助ける。それは当たり前の事だと思っている。
「素晴らしい心の持ち主なんですね」
「ありがとうございます」
褒められるなんて、何年ぶりだろう。いつも褒められずに罵声を浴びるばかりの毎日。褒められるだけで心が和む。
「そこで、あなたから私に提案なんですが、ヒルダを救っていただいたお礼として、あなたの願いを1つだけかなえてあげましょう。あなたは救われるべき優しい心を持った人物なのです」
母は思った。この人は救われるべき人だ。この人なら、1つだけ願いを叶えてやりたい。そうすれば、世界をいい方向に導いてくれるはずだ。
「ほ、本当にいいんですか?」
光太郎は戸惑った。願いを叶えてやるって言われても、何がいいかな? すぐに答えが出てこない。
「はい。さぁ、あなたの願いは何ですか?」
母は問い詰めた。母は真剣な表情だ。早く答えを聞きたいようだ。
「もう一度、大学生活からやり直す事です。あの時落第していなければ、自分は裕福な家庭を築けていたかもしれないのに。できれば、あの時に戻って一生懸命頑張りたい」
光太郎は考えた末に、この答えに至った。大学生活がうまくいっていれば、こんなに辛く、悲しい日々を送る事はなかった。もし、大学で充実した日々を送る事ができれば、いい所に就職していただろう。いい人と巡り合い、結婚し、幸せな家庭を築けただろう。
「そうですか。とんでもない人生を送ってきたのですね」
「はい」
光太郎は下を向いた。そして、涙ぐんでいる。今思い出しても辛い日々だ。同級生に何をしているのか話すのが辛い。できれば、あの頃に戻りたい。
「悔やんでいるのですね。それはいい事です。だが、時間が戻ってこないのは辛い事ですね。わかりました。あなたの願いをかなえてあげましょう」
母は優しい口調だ。光太郎の苦しみを理解しているようだ。母は大きな羽で光太郎の頭を撫でた。とても暖かい。ここもまるで母のようだ。
「あの時に戻すんですか?」
「そうです」
母は笑みを浮かべた。まさか、叶えてくれるとは思ってもいなかった。光太郎は満面の笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます」
すると、光太郎は光に包まれた。何が起こったんだろう。自分にもよくわからない。
目覚めると、朝だ。どうやら夢だったようだ。今日は休日だ。のんびり過ごそう。
「夢か。そんな事あるわけないか」
光太郎はベッドから起き、朝食を食べに行こうと思った。だが、今日は部屋がやけにきれいだ。まるで、入りたての頃のようだ。
光太郎は鳥かごを見た。だが、そこに鳥かごはない。レッドもいない。
「あれ、レッド?」
光太郎は手を見た。あの願いが本当に叶ったんだろうか? やはり叶っている。手が若くなっている。あの夢は本当だったんだ。
「まさか!」
光太郎はカレンダーを見た。大学生活をしたての頃だ。まだネットサーフィンをやる前だ。これならもう一度やり直せる!
「も、戻ってる! 日付もその年だ!」
「やったー! 大学生活、やり直せたぞー。もう一度頑張ろう!」
光太郎は満面の笑みを浮かべた。こんなにも嬉しい事はない。あの時からまたやり直せる。今度は後悔のないような大学生活を送ろう。もうあんな辛い日々はこりごりだ。しっかり勉強して、就職して、豊かな生活を送ろう。
光太郎はマンションを出た。空が輝いている。その空にはいつもレッドとその家族がいる。彼らのためにも、もう一度与えられた大学生活を頑張らないと。
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