ミラクル戦士じゃないとだめですか?〜魔王の課外授業①〜

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「ひー!」みくはたまらず叫んだ。  ―――誰よ、これ! どうしたのよ、私はいったい!  真っ赤な仮面。頭上にはトサカのようなものが生えている。くちばしみたいに突き出した口は、苦しくならないタイプの不織布マスクにも見える。両目の辺りでは大きなゴーグルが白く爛々と光っていた。仮面と同じ真っ赤なボディスーツの胸は羽毛のようなもので覆われ、それが腹から股間へとつながっていて、なんとなくなまめかしい。白い手袋とブーツがなければ、食肉工場で羽をむしり取られている途中の血だらけの雄鶏にしか見えない。  鏡に向かって手を振る。真っ赤な生き物が同じように手を振る。最近どこかで見たような気がするが、混乱して記憶をうまく探ることができない。今度は、ピースサインをしてみた。真っ赤な生き物もピースサインをした。  ―――噓だ、こんなの噓だよ!  ラジオ体操をしてみる。真っ赤な生き物はやはり寸分たがわぬ動作をした。みくはパニックに陥った。鏡に映っているのは自分だ。この得体のしれない生き物は自分自身なのだ。  みくの横では、婦人が両目を見開いて一部始終を凝視していた。口紅があちこちにはみ出して、ケチャップたっぷりのホットドッグを食べ損なった子供の顔のようになっている。婦人は小刻みに震える手で口紅をポシェットにしまうと、突然、大声を上げながらトイレを飛び出した。 「駅員さん、変質者です! 助けて!」婦人の絶叫が駅の構内にとどろく。  ―――まずい。  みくは、変質者呼ばわりされてショックを感じる暇もなく、本能の命ずるままトイレから逃げ出した。改札前は婦人のおかげで混乱状態。駅員が右往左往している。その隙に、改札を抜けて階段を駆けおり、自宅へと一目散に走った。すれ違うひとが振り返り、何事かを口走っている。何と言われているのか聞くのが恐ろしくて、みくは耳ふさいで走り続けた。  みくは、乱暴に門扉を開けて玄関を解錠し、叫んだ。「ただいま!」。あれだけ走ったのに不思議と汗をかいていない。喉も渇いていなかった。 「おかえりなさい!」の声とともに廊下の向こうから悠太郎がぱたぱたと走ってきた。みくを見て一瞬立ち止まり、「うわーい、ルミウスだ!」と飛び跳ねた。みくが小脇に抱えている誕生日プレゼントを目ざとく見つけたようだ。 「はい、お誕生日おめでとう、悠太郎。約束したルミウスのフィギュアだよ」。みくのプレゼントには目もくれず、悠太郎がみくに抱きつく。 「ルミウスだ、おねえちゃん、ルミウスだったんだね! うれしいな、うれしいな!」  みくは、悠太郎が興奮している理由が分からない。「私がルミウスってどういうこと?」。悠太郎はプレゼントの包装用紙を破ってフィギュアを取り出し、みくに差し出した。「ほら、これ。ルミウスだよ。お姉ちゃんと同じでしょ」  みくは、差し出されたフィギュアをまじまじと見た。女子トイレの鏡に映っていた真っ赤な生き物。目にはゴーグルのような大きなグラス、体のところどころに飾りのような模様がある。どこかで見たような気がしたはずだ……私が、ルミウス……いったい、いつ、どこで、どうやって……。  電車で居眠りしている間に、誰かが衣装を私に着せたとしか思えなかった。そう結論付けたみくは、自分の全身を手探りした。衣装であれば、どこかチャックがあって脱げるはずだ。しかし、いくら探してもチャックはない。玄関で飛び回る悠太郎を横目に、みくがひとりじたばたしていると、しびれを切らした両親が玄関に現れた。
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