22人が本棚に入れています
本棚に追加
誕生日会が、緊急の家族会議に変わったのは言うまでもない。みくの隣では、悠太郎が「遊ぼう、遊ぼう」と駄々をこねている。
「俺は、会社の同僚に聞いて解決策を示してくれそうなメーカーや研究機関、医療機関を探してみる。みくは……しばらく学校を休んで家で受験勉強だな。ママは、学校や隣近所をうまくごまかしてくれ」
「トイレやお風呂はどうするの」
みくは、母親のするどい指摘に考え込む。「そういえば、お腹はすかないし、トイレにも行きたくならないよ。喉も渇かない。こんな衣装を着ているのに暑くもないの」
「遊んで! 遊んでええええー!」
「悠太郎、すこしおとなしくしてなさい! いま、大事な話をしているの!」額に青筋を浮かべて母親が叱っても、悠太郎は泣き止まない。地団太を踏んで叫び続ける。家族会議は続行不可能になった。
みくは、悠太郎に泣かれると弱い。「じゃあ、ちょっとだけね」。みくがそう言うと、悠太郎はぴたりと泣き止み、目を輝かせた。
「ねえ、必殺技やって。必殺技!」
「ど、どうやるんだっけ」
「えっとね、こうやってね、叫ぶの。ルミウスビームって」
どれどれ、腰を落として右手を前に突き出して、左手は胸に置くのね。そして叫ぶ、と……。みくは、悠太郎を横目で見ながらポーズをまねた。自宅で子供相手とは言え、アニメの台詞を真顔で叫ぶのは気恥ずかしく、蚊の鳴くような声になった。「ル、ルミウスビーム……かな?」
みくの膝を枕に悠太郎がすやすやと寝ている。興奮しすぎて疲れたようだ。大人三人は難しい顔で、無言のままソファに座り込んでいた。画面の中央にぽっかりと大きな穴が開いたテレビの上で、壁掛け時計の針がいつもより大きな音を立てている。湿気を帯びた蒸し暑い空気が時折、壁の穴から流れ込み、母親の頬を流れる涙を乾かした。
「みく、悠太郎の世話と幼稚園の送り迎えは頼んだぞ」
「この恰好で幼稚園に行ったら警察に通報されちゃうかもよ……」
「園児には歓迎されるだろう。あとは、うまくごまかしなさい」
無茶苦茶だ。いつもは冷静沈着な父親が壊れかかっている。何を言ってもまともな議論になりそうにない。みくは弱々しく「自信ないなあ……」と抵抗するしかなかった。
「ママにしばらくパートを増やしてもらうんだから仕方ないだろ。テレビを買い替えないとならんし、壁の穴もふさがなきゃならん。ローンの支払いもあるんだ。カネがいるんだよ。家政婦を雇う余裕なんかない」
「なんで、アニメの主人公なんかに……」母親がまたさめざめと泣き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!