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―――今、何時ごろかな……
真っ暗な部屋のベッドの上で、みくはぼんやりと思った。真夜中になっても全く眠気を覚えない。ミラクル戦士は不眠不休で生きられるらしい。スマホに時折、友人からメッセージが届いたが、これからのことを考えると気が重く、返信する気になれなかった。
ふと、トーク画面の「織方航」の名前が目に留まる。しばらくプリントを届けられないって連絡しておいたほうがいいよね……。みくは、航にメッセージを送った。待つこと三十分。返信はない。既読にもならない。
「まただ……」みくは悲しかった。学校に来なくなってから航はずっとこの調子だ。嫌われているのかなと思い、何人かの友人にそれとなく相談してみた。
「みくって、織方と付き合っているの?」
「はっきり確認はしてないけど……」
「はあ? 付き合ってもいない男の子がメッセージとか、電話とかまめにくれるわけないじゃん」
友人は異口同音に言った。そして最後に必ず「織方が好きだなんて、みくは本当に変わっているよ」と付け加えた。
みくは、みんなが航のことを誤解していると思っている。確かに、航は平均的ではないという意味で、変わり者だ。口数が少なく、子供のころから本ばかり読んでいた。クラスではポツンとひとりでいることが多い。航は孤高を愛する人なのだと、みくは良きに解釈している。航は「徒歩圏内で奨学金がもらえるから」と現在の高校を選び、楽々と合格してしまった。みくは、航と同じ高校に行きたくて猛勉強してなんとか滑り込んだ。
航はスポーツもそこそここなす。これで容姿が悪ければクラスで浮くことはなかっただろうが、航はたぶん格好いい部類に入ると思う。身長もまあまあ高い。こういうタイプは「不遜な人間」として敬遠されがちだ。
クラスメイトの評価は最低でも、みくは子供のころから航が好きで、その気持ちは高校三年生になっても一ミリも揺らいでいない。みくは典型的なモブキャラで、周囲に付和雷同して敵を作らないように生きてきた。だから、航の生き方を潔いと尊敬もしている。
みくは、航を待ち伏せしていっしょに登下校していた。休日になると、航をしつこく映画や食事に誘った。それを見た友人から「ちゃんとコクってはっきりさせたほうがよくない?」と忠告されたこともある。だが、みくは、航が自分の想いを受け止めてくれていると自分に無理やり言い聞かせ、付き合っている気になっていた。航が、自分に何の相談もなく、突然、学校に来なくなり、独りよがりの疑似恋愛だったとはっきりしても、みくはそれを認めたくなかった。
航の欠席が長引くと、クラスメイトはその理由をおもしろおかしく噂して、ざわついた。重病説や仮病説、いじめ説がまことしやかに流布されたが、真相はいまだに藪の中だ。しびれを切らして担任が何度か家庭訪問した。しかし、航に会うことはできず、母親からも納得のいく説明を得られなかった。みくが、職員室に呼び出され、担任に「姫野は、織方の近所だったな」と宿題のプリントや連絡の類の配達を頼まれたのは一週間前だ。手ぶらで自宅を訪問することに限界を感じ始めていたみくにとっては、渡りに船のうれしい頼まれごとだった。クラスメイトは「痛すぎる」と呆れた。「みくはさ、貢がされて捨てられるタイプ」とまで言われた。
みくは立膝に顔を埋めてため息をつく。こんな姿ではもう航に会えないな…………嫌われたくない。いや、もともと好かれていなかったんだから、嫌われたくないは変でしょ。ああ、もう、頭がぐちゃぐちゃだよ。どうしよう……。みくは無意識に航に電話していた。
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