ミラクル戦士じゃないとだめですか?〜魔王の課外授業①〜

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——手に入れちゃったよ……誰かのプレゼントを買って、こんなに達成感を感じたのは初めてだ……。  姫野みく(ひめの・みく)は、一回り以上も年の離れた弟の悠太郎(ゆうたろう)の喜ぶ顔を思い浮かべながら、きらきらと光る真っ赤な包装用紙にくるまれた箱をぎゅっと抱きしめた。  みくが苦労して買い求めたのは、人気アニメ「ミラクル戦士ルミウス」の300ミリスケールのフィギュアだ。売り切れ必至の超人気商品と聞いていたので、発売日に早起きして並ぶことにした。開店の3時間前にショップに到着したが、既に長蛇の列ができていた。デッキチェアや寝袋らしきものを背負っている客もいた。  ―――甘かった。  みくは、己のリサーチ不足を悔やんだが、時すでに遅し。圧倒的マジョリティである男性客に交じって居心地悪い時間をやり過ごすほか、やるべきことを思いつかなかった。  開店15分前。一人の店員がシャッターを開けて、神妙な面持ちで表に現れた。 「お待たせいたしました。ただいまから整理券をお配りします。入荷したフィギュアは150体です。数に限りがありますので、おひとり様、1体に限らせていただきます。整理券をもらえなかった方は、次回入荷日の整理券をお渡しします。入荷日が決まりましたら当店のホームページで告知しますので、ご確認ください」 「おおっ……」  ため息とも歓声ともとれる野太い声が、行列のあちこちから一斉に漏れる。  ―――1、2、3……。ぎりぎりだ。どうしよう……。みくは、自分の前に並んでいる客を数えて焦った。買えなかったら、悠太郎、がっかりするだろうな……。 「ぎりぎりだな……」  みくの心の声を代弁するかのように、目の前の男性客がこぼした。苛立たしげに左足のつま先を上下に動かしてアスファルトをコツコツと叩いている。ぼさぼさ頭にはフケが浮かび、無精ひげに覆われたぽってりとした顔には銀縁眼鏡のフレームが食い込んでいる。黒いTシャツの背中には自己紹介よろしく、毛筆体で「豊かな教養、こぼれる美貌、溢れる脂肪」の文字。教養や美貌はともかく、上半身にたっぷりと乗った脂肪でTシャツは上下左右に引っ張られ、文字がひどく歪んでいる。 「だめでしょうか……」  みくが思い切って声をかけると、男はデイパックから小型の双眼鏡を取り出してしばし前方を眺め、指さしながら言った。 「あそこに曲がり角があるでしょ。信号機とコンビニが見えるよね。あの交差点を左に曲がって約5メートルの地点に店の正面入り口がある。ソーシャルディスタンスを確保して並んでいたら5人。そうでなければ10人並んでいてもおかしくない。あの角から我々までは145人。我々がフィギュアをゲットできるかどうかは、死角にいる人数次第だね」 「私、行って見てきます」 「意味ないね。グループで並んでいる連中もいる。そういう連中は、整理券をもらったら代表を残して列を離れ、順番に休憩を取るんだ。我々がこれから受け取る整理券の番号が150番以内かどうかを確かめればわかることだよ」 「た、確かに……」  溢れる脂肪さんとの会話はそれきりとなり、射るような日差しの下、みくは、整理券が配られるのをじりじりと待った。首筋を汗がしたたり落ちる。ポケットのハンカチに手を伸ばすと、スマホが振動した。 「プレゼントは買えそう?」「お誕生日会は予定通り正午スタートでいいよね?」  みくは、母親から届いたLINEのメッセージを見てイラッとした。母親は誕生日パーティーの準備、父親は部屋の飾りつけで忙しい。悠太郎の世話もある。理屈では、自分がプレゼントを買いに行くほかないとわかっていても、「悠太郎がかわいいのはわかるけどさ、私にお疲れ様の一言くらいあっていいじゃないの……」と恨み言が口を突いて出る。  みくが苛つく原因はほかにもあった。クラスメイトで幼馴染の織方航(おがた・わたる)に会えない日が続いているからだ。今日こそは航をとっ捕まえて、学校に来なくなった理由を聞き出そうと思っていたのに……。宿題のプリントを届けるため下校途中に自宅を訪ねても、航はいつも留守だった。LINEにも返信がない。早朝から自宅前で張り込めば、航を捕まえられるはずだと意気込んでいたが、誕生日プレゼントを買いに行くことになって断念した。一歩間違えればストーカーである。でも、航のことになると、みくは冷静でいられなくなる。どうにもこうにも好きな気持ちが止められないのだ。
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