空が落ちた夜

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 果たしてその人は現れた。  樋口一、はじめと読むらしい。 「あと一文字で、樋口一葉になりますね」  そんなくだらないことを私はつい口走ってしまったけど、彼は笑うだけだった。 「よく言われます」  彼の様子に格別な感銘を受けたとか、そういうことはなかった。ごくごく普通の、中肉中背に眼鏡の日本人男性、敢えて言うならおじさんという印象で、それにプラスアルファの感想を付け加えるのは難しい。大学時代によく見かけた大人しい理系男子が、そのまま歳をとったような雰囲気の男性だ。だけど、樋口さんの名刺には『博士(理学)』と記されていて、その経歴は輝かしいのかもしれない。 「よく世話していただいてますね。暴れて怪我することだけが心配ですが、今はこの子も落ち着いているようです」  保護した渡り鳥の様子を確認しながら、樋口さんはそんな風に言った。 「遺骸の方は保存していただいているでしょうか?」 「遺骸?」 「ええと、すみません。死骸ですね、渡り鳥の」  遺骸、と樋口さんは表現する。それだけ鳥が好きなのだろう。だけど、ここでの彼には、私はあまり言えることがなかった。 「すみません。冷凍保存できるような施設がないんです。処分されたはずです」 「分かりました。……発見現場には死骸とか、痕跡は残っていますか?」 「どうでしょうか。行ってみないと分かりませんが……」  そう言ってから、私は次長の方に目をやる。正直この仕事は、自分の領分なのかどうかが怪しい。だけど、鳥の死骸を処分してしまったことは、樋口さんに対しては後ろめたかった。 「いいんじゃないの。案内してあげて」  次長はそんな風に答える。
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