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「え? 認知症?」
認知症、それも症状がかなり進んでいるという。信じられなかった、それはお年寄りがかかる病ではないのか。
「間違いありません。中程度の認知症を確認しました」
「まさか……妻はまだ三十二ですよ?」
「若年期認知症といって、十代後半から三十代までに起きるものです」
医師から診断結果を渡される。細かくかかれたチェック項目はかなり悪い結果だった。
「お話を聞く限り、典型的な“物盗られ妄想”というやつです。自分でどこに置いたか記憶できず、物がないイコール身近の誰かが盗んだと思い込む。認知症患者に非常に多くみられるものです。個人差はありますが被害妄想が強くなったり感情の起伏も激しくなります。整理整頓ができなくなるのもそうです」
「そう、なんですか……」
「物を盗んだと言ったら絶対に否定してはいけません。大変だね、一緒に探してみよう、と相手に寄りそう言動をしてください。否定は相手を追いつめ悪化させる原因にもなります」
「……。わかりました」
そして妻は診察に行った、という事さえ覚えていなかった。本当に認知症だったのだ。それがわかったから、なるべく気を付けて言動してきた。
常に妻の意見を否定し続けてきた。こうなると思ったから。
盗んでおいた彼女の財布をゴミ箱に捨てた。金がなくなると怒りが頂点になるのは誰でも一緒だ。だから盗んだ。ああいう行動をするだろうと思ったから。
せっかく円満に離婚できるのだ。離婚は彼女から言ってきた、双方合意した。何も問題ない。明日朝イチで市役所に行かなくては。
例え本人が覚えていなくても、本人直筆の書類があるのだから。
ビリビリ、と封筒ごと診断書を破りゴミ箱に捨てた。
END
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