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序章
ここは、れいわ紡績の東京オフィス。
営業部では携帯電話で通話をしている社員が多い。
「はい、その件でしたら間違いなく。ありがとうございます」
課長の東御八雲は今日も人造人間のような凍った笑顔を浮かべている。
整った顔に細縁の眼鏡、長身に均整の取れた身体、そして異様に作り物のような表情。彼が陰で『完璧超人 トーミー』と呼ばれる所以だ。
東御は携帯電話の通話を終わらせると自席の椅子に身体を預けた。
「おい、誰か書類を確認しておいてくれないか?」
東御はオフィスで周りを見回す。同僚は皆、電話中だった。
「はい。私が」
そこに現れたリクルートスーツの女性。いかにも新人といういで立ちの若い彼女を見て、東御は訝し気な表情を浮かべる。
「誰だ?」
間違いなく、見たことのない社員だった。
東御は人の顔と名前は興味がなくとも記憶が出来る。絶対に知らない社員だ。
「あっ、そういえば東御さんは外出中でしたね。新入社員の花森です」
「新入社員……」
東御は使えない人員だなとおもむろにがっかりした。
いま必要なのは、すぐに自分をサポートしてくれる存在だ。何から何まで手とり足取り教える余力などない。
「書類の確認というのは、一体何をどうすればいいのでしょうか?」
「そこから説明しないとダメなのか?」
「ご説明いただけないと確認の意味がありません」
この新入社員、花森沙穂は大学でジェンダー論を学んできた、いわゆるイマドキの女性だった。
髪は明るい茶色、前髪は重め。後ろで髪を結わっているのは新人だからなのだろうか。肩甲骨下くらいまではありそうな髪はボリュームが多い。
恐らく優等生タイプなのだろうと東御は思ったが、新人の面倒を見るつもりはなかった。
「分かった、自分でやるから君は下がれ」
細かく説明していると、かえって時間はかかる。
「……そういう仕事をされるんですね」
そんな東御に、花森は白けた顔を向けた。
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