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「八雲は、これで満足か?」
暫く黙っていた東御を見て、源愈は静かに口を開く。
「何度も申し上げたはずですが、私の伴侶は、ここにいる花森沙穂以外ありえません」
「……お前なりの答えがこれか」
そう呟いた後、源愈は口を開かなかった。
暫く三人は静かに席に座っていたが、源愈の携帯電話が鳴る。
「もう時間だ」
現役の源愈は、まだ弟子を育てている最中だ。
そろそろ引退が囁かれている年齢だが、頼りにならない跡継ぎのためにやらなければならないことはいくらでもある。
「本日は、わざわざ――」
東御が口を開きかけたところで源愈は「いい」と制する。
「義理の父親を脅す嫁がこの世にいるとは思わなかった。せいぜい、お互い愛想をつかされないようにするんだな」
そう言うと源愈は席を立つ。
「師匠の時間を拘束したんだ。ここの支払いはお前がしておけ」
「勿論です。弟子の私的なことでお時間を頂戴し、大変恐れ入ります」
東御は源愈が建物を出て行くまで、立ったまま頭を下げ続けていた。
その光景は花森からすると異様にも映ったが、親子ではなく弟子と師匠の敬意として見ればまた違うのかもしれない。
「八雲さん、源愈さんって、お花の師匠としてはどんな方なんですか?」
「……偉大だな。親としては足りないところだらけだが、花の世界ではまだ追いつける気がしない」
「そうなんですね」
「もう行こうか」と東御は伝票を持って支払いをする。
源愈が出て行った外の方向ではなく、花森の手を取って建物の奥に向かった。
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