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「涼、匠に何かした?」
柚月が恐ろしく怖い顔で涼を睨みつける。
「何もしてないよ」
そう言った顔には “した” と書いてある。
「じゃあ何で、匠は自分の部屋でメシ食ってんだよ」
「知らないよ」
知らんぷりして、少し顔を引き攣らせて自分の食事の支度をしている。
「正直に言えよっ!」
柚月が怒りを露にして涼に近付き胸ぐらを掴みかけた時「あ゛ー!」と匠の、けたたましい叫び声に二人で慌てて二階へ駆け上がった。
「どうしたっ!?」
柚月が匠の部屋のドアを叩くが、何の声もしない。
涼と二人顔を見合わせて、
「開けるぞ!」
ドアノブに手をかけ開けたのは涼。
部屋の隅で小さく丸くなり、頭を抱えて屈んでいる匠を見て、涼と柚月はすぐに分かった。
小雪さんだ。
「どうした?大丈夫か?」
先に匠の傍に寄って肩に手を掛けたのは柚月で、ぶるぶると震えている匠を抱き締めた。その様子を見て、何となくモヤモヤとする涼。
「お、女の人が… そこに… 」
震える人差し指で部屋の真ん中を差す。
大丈夫だから、大丈夫だからと柚月に背中を摩られる匠を見て面白くない。
「だから、お前には無理だよ。早く実家に帰れよ」
そう言って涼は、怖がる匠を捨て置き一人リビングに戻って行く。
「涼と、何かあった?」
静かに柚月は訊いたが、匠は首を横に振った。
あの時の事を柚月に知られたくなかったし、すぐにイってしまった自分が恥ずかしくて、涼と顔を合わせられない。
「下に行こう、小雪さんの事を話すから」
涼がいる。首をぶんぶんと横に振った。
「涼がいるから?」
そう訊かれて少し目が泳ぐ。
「やっぱり、何かされたんだな」と怒って立ち上がり涼の所へ向かう柚月の腕を急いで掴んだ。
「何もないです!本当に何もないです!… 行きます、下に… 」
涼と柚月の関係を悪くしたくない匠が、涼と顔を合わせる覚悟をする。
絶対に何かあったと思う柚月は、涼と匠に静かに小さく、気付かれない様に視線を動かした。
「匠、ここに座って」
柚月がダイニングテーブルの椅子を引いて座る様に促すと、最大限、何事もなかった様に振る舞い、引き攣りながらも小さく笑って椅子に座った。
涼は二人に視線を送らない。
小雪さんの事を話す。
此処を設計した有名建築デザイナーがこの家の家主で、有名になったきっかけがこの家。十年前にこの家を設計、建築した後に大爆発で人気になると、苦楽を共にした妻の事はすっかり忘れて煌びやかな、楽しく愉快な世界に建築家はどっぷりと浸う事となった。
元々、子どもが出来ない体の建築家の妻、小雪さんは毎日健気に夫の帰りを待つが、三年程前のある日、外に子どもが出来た事を知らされ、離婚を迫られて、自死を選択した、と匠は聞いた。
「酷い… 」
小雪さんの話しに涙を浮かべた。
「お前だって、変わんねぇよ」
涼が突然、口を開く。
目だけが、涼に向かう柚月。
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