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「匠が店に来たけど」
柚月の帰りを待って、また早く起きてきた涼。
「ああ、行った?」
「ここに戻りたいって言ってんだけど、アイツ無理だろ」
「戻りたいって言ってんだから、いいんじゃないの?」
何も問題無いだろう、という感じで話す柚月を不満気に見る。
「嫌なの?」
「いや、俺がそんな事言える権利、無いし」
「権利があったら、嫌なのか?」
柚月の意地悪気な質問に、涼は口を尖らせる。
それから一週間が過ぎても匠が戻ってこないので、また早く起きて柚月を待った。
「いつ、匠は戻ってくるんだよ」
「さぁね、気になるなら自分で訊けばいいだろ」
チラリと横目で涼を見て、ニヤリとする。
「別に気にしてねーし」
不貞腐れた様に柚月を睨むと、直ぐに自室に戻った。
なんだアイツ、とクスリと笑う柚月。
「おはようございます!!」
突然の大きな声に柚月がビクリとして、ベッドで横になっていた涼は飛び起きて、部屋のドアに耳を付けて様子を伺う。
「匠!お帰り!」
柚月の満面の笑みに迎えられ、嬉しくなる。
「外に車があったので、柚月さんがいらっしゃると思いました!」
ニコニコと話す匠の肩には、身長よりもはるかに高い細長いケースが背負われている。
「あ、それ弓?」
「はい!弓も持って来ました」
結婚まではここにずっと居る覚悟が見えて、柚月が鼻をくしゃっとして笑顔になった。
「なんだよ、朝っぱらから、うるせぇなぁ〜」
シャツに手を入れ腹を摩り頭を掻きながら、煩くて起こされた、みたいに階段を下りてきた涼に笑いを堪える柚月。
「涼さん!」
頬を赤らめる匠が、改めて挨拶をする。
「すみません!またお世話になります!」
初めて来た日の様に、また、背筋を伸ばし頭から腰まで一直線に45度の角度で上半身を倒した。
悪戯をされたあの日の事は、もう何も気にしていません、と言われている様で涼は少し複雑な感情を抱く。
「ほら、涼!」
柚月に押されて匠の前に出され、
「ま、まぁ、頑張れよ」
言った自分に、何をだよ、と心の中でツッコんだ。
「何?それ」
リビングにある大きな腰の高さほどのチェストに、色々と並べている匠に柚月が訊く。
「御供養セットです」
一輪挿し用の小さな花瓶と香立てにろうそく立てを、丁寧に置いている。
「少しでも小雪さんのご供養になれば、と思いまして」
「ふぅん、凄いな、匠。涼はそういう事、全然気が回らなかったな」
「何で俺だけなんだよ、お前もだろ、柚月」
柚月が笑ったので匠も笑い、涼もふっと小さく笑った。
「お線香は買ってきたんですが、お花は潰してしまいそうなので… 後で買いに行きますね」
にっこりと笑って振り向く匠を、涼と柚月の二人が物言いたげな顔で見ている。
「え?」
「あ、いや、何でもないよ」
引き攣る笑顔の柚月の隣りで、涼が匠の後ろを指差して
「小雪さん」
と、視線は確実に匠から少しずれている。
バッと飛び跳ね、無意識に涼に抱き付いた。いい匂いがして最初に抱き付いてしまった日を思い出す。怖いのに胸がキュンとなる。
「笑顔だよ、小雪さん。喜んでる」
え?と、抱き付いて涼の肩に埋めた顔を上げて横を見ると、鼻先が顎にぶつかり赤面する。
「す、すみません!」
「いいよ、別に。とりあえず離れろよ」
淡々と涼が言い、匠はすみません、と繰り返して離れた。
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