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「じゃ、俺はまた寝るわ。柚月も明けなんだから早く寝ろよ」
何となく匠と二人にしたくなかった涼が、思いやるフリをして柚月に早く寝るように促して自室に戻る。
やっべー、何?俺。抱き付かれてドキドキしてんだけど… 部屋で小さく独り言を言った。
久し振りに戻った匠の部屋は、出て行った時のそのままで、軽く掃除をしてくつろいだ。小雪さんの事も、以前よりは大丈夫な気がする匠。結婚するまではここで楽しく暮したいと思い、いたずらに怖がるのは良くない、と自分に言い聞かせた。
そうして時は過ぎ夏も終わりかける頃には、匠はすっかり怖がらずに、むしろ小雪さんに助けて貰える事が多くなったりしていた。
「助けて貰った?」
「はい!先日持って行かなければならない教材を忘れてしまうところで、玄関を出る時に大きな物音をさせて教えてくれたんです!」
「ふぅん」
「部屋に戻ったら、その教材が床に落ちていて、本当に助かりました!」
にこにこの顔で涼に話す。あどけない、汚れを知らなそうな顔で笑う。
「匠の学校って、男女共学だよな?」
「はい」
柚月が作って置いてくれたカレーを口に運びながら笑顔で答える。
「お前、男子生徒からもモテるだろ」
「え?」
モテる?慕われるという事だろうか?であれば、自分はまぁ慕われている方だと思うけれど、と首を傾げた匠。
「生徒とは言え、犯されないように気を付けろよ」
ははっと笑って席を立つ涼を驚いた顔で見つめる。
「犯すって?何を?犯罪ですか?」
へっ!?と今度は涼が驚いた顔で匠を見る。
「真面目な生徒達だから、そんな心配はいらないと思うけど… 」
「お前のピュアっぷり、天然記念物モンだな」
匠の頭をグシャっと撫でて、部屋を出る涼にドクンドクンと鼓動が激しくなる。まだここにいて欲しい、そう思ってしまう匠。
「涼さん!」
「ん?」
匠の呼び止める声に振り向く。
「あ、あの、そう!あの何か飲み物作って頂けませんか!?」
どうにか引き留めようとして、思いついたのがそれだった。
「高いよ」
チラリと匠を見て、そう言われて満更でもない涼がニヤッと笑うと、
「あ、はい、大丈夫です!」
財布を探す様にスラックスのポケットをパンパンと叩いた。
「ばーか、冗談だよ。待ってろ」
匠の頭を軽く小突き、酒瓶が並ぶラックの前に立つと少し考え、一本手に取りキッチンに向かう。手慣れた手付き、バースプーンでかき混ぜる氷が低い音で響いて耳に届き、心地良い。グラスを見つめる涼に見惚れる。
キッチンから出て来た涼の右手と左手にカクテルが持たれていて、一緒に飲んでくれるのだと思い、嬉しさを隠せない顔で匠は小さく微笑んだ。
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