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「あ、お邪魔しています」
微笑んで、匠は頭を下げた。
「何か作りますか?」
涼に作って貰ったカクテルは既に飲み終えていて、グラスには氷とレモンのスライスだけが残っている。左側に神経を尖らせ、知らないうちに飲み干していた様だった。
「あ、では… 『ラムバック』を」
記憶に新しいカクテルを言ってみた。
「さすが涼のお知り合いさんだけありますね、カクテルに詳しい」
いえ、それほどでもありません、と静かに首を横に振ってみた匠だが、涼に作って貰ったものしか知らないので、変な汗を掻く。
その様子を離れた場所から、客の相手をしながら横目で様子を伺っている涼は少し面白くない。マスターが匠の傍を離れると直ぐに、目の前の女性客に頭を下げて匠の前に来る。
「ラムバック?」
「はい。先日作って頂いて美味しかったので」
「俺が作ったのと、どっちが美味しい?」
子どもみたいな質問をする涼に、キョトンとした顔になる。
「どちらも美味しいです」
にこにこ顔で答えたが、涼は納得いかない顔で「ふぅん」とつまらなそうに少し匠を睨む。
「あ、涼さんが作ってくれた方が美味しいです」
涼の機嫌が悪くなってしまった様なので、マスターに聞こえないように小声で言い直すと、「そうか?」と嬉しそうに笑う顔を見て、案外単純なんだな、と思ってクスリと笑った。
「何、笑ってんだよ」
「あ、いえ」
カウンター越しの涼が、愛おしくて堪らない。
「飲み過ぎだ、それ飲んだら帰れよ」
涼にそう言われて、まだ二杯目なのにと思うが、涼目当ての女性客とのやり取りを見ているのはあまりに辛いので、言われた通り匠は帰る事にする。
「ご馳走様でした」
会計を済ます為レジカウンターに向かう時に、涼の視線を感じて振り向いた。
少し怒っているように見えて、匠は(え?)と思って焦る。何でだろう、何かしてしまっただろうかと色々と考えて「有り難うございました、また来てくださいね」と微笑むマスターの言葉に軽く微笑み返しながらも、気もそぞろになって店を出る。
何、本気に受け取って素直に帰ってんだよ、そいうトコだよ、お前のクソ真面目でつまんねートコ!と涼はブツブツと小さな声で独り言を言った。
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