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学生時代、周りの友人がそんな話しをしていなかった訳ではなかった。昨日ヤッた、とか口でして貰った、とかそんな話しをしても匠は一切入って来ないので、興醒めする友人達は匠のいない時にだけ話しをするようになってくれたから助かっていた。
何が面白いのだろう、楽しいのだろう、と全く分からなかった匠。
分からなくて良いけれど、これでいいのだろうかと、自分を思う事はあった。
「お帰り」
「涼さんっ!」
今日は休みの筈だから急いで帰り、匠は顔を綻ばせる。
「昨日はご馳走様でした!」
「いや、こちらこそ、ありがとな」
笑っている。昨日の帰る時の怒った顔は何だったんだろう、そう考えた瞬間、昨夜の風呂場での自慰を思い出してしまって、顔が引き攣った。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
じんわりと汗を掻きながら答える。
「何処かに出掛けるんですか?」
お洒落な格好をしている涼に訊いた。
「ああ、飲みに行ってくる」
一瞬で気持ちが沈んだ。こんなお洒落な格好をして、デートだろうか、胸がこれ以上ない位に痛む。
「いってらっしゃい… 」
鞄を持ったまま玄関で見送る匠に、チラッと視線を送る涼。沈んだ顔を見られてしまい、慌てて口を開く。
「あ、柚月さんから返信のメール、届きました!有難うと、涼さんにも伝えてくださいとの事です」
柚月に頼まれ、花屋へ行った件。
「はいよ」
「デート、ですか?」
「ん?まぁ、そんなトコかな?今日帰らないから」
ズキンッと胸が音を立てる。
「い、いってらっしゃい」
二度目の “いってらっしゃい”
「夕飯?何食うの?」
匠が持っているレジ袋を指して、笑顔で訊かれて、慌てて後ろに隠した。
「あ、お惣菜です」
にっこりと笑って答えた匠だが、休みで涼が家に居ると思って、もしかしたら一緒に食べれるかも知れないと思い、涼の好きな焼き鳥を山の様に買って来ていた。
「随分な量だな」
ははっと笑って出て行く涼の背中を、匠は悲しく見送った。
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