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「あ、大丈夫です、自分が片付けます!」
“自分” 呼びで敬語を使う匠を睨みつける。
「だって、柚月さんがいるんですから!」
ダイニングテーブルで、明けで帰って来た柚月が食事をしているので、小声で涼に耳元で言うと、チッと舌打ちをする涼。
「何、イチャイチャしてんだよ」
「してねーよ!」
眉間に皺を寄せて言った柚月にすぐさま反論する涼に相反して、顔を真っ赤にしている匠。
「で、では行ってきます」
仕事に出る匠が柚月に挨拶すると、続いて涼も玄関に向かう。
「気をつけて行けよ、いいか、誰かに声掛けられても無視しろよ」
チュッチュ、チュッチュとキスをしながら涼が匠に言い聞かす。
「でも道を訊かれたり、困っている人がいたら無視は出来ない」
「イイ男以外だったら応えてもいい」
「分かった」
可愛い顔で答える匠が愛おしい。
行ってきます、と匠がニコニコで玄関を出るのを見届けると、涼がニコニコでダイニングに戻る。
「随分と長いお見送りだな」
柚月の眉間の皺が更に深くなっている。
「は?見送ってねーし」
知らない顔で言う涼に、真剣な顔で柚月が言う。
「涼、此処に座れ」
自分が座る前を指差す。
「何でだよ」
「話しがある」
「何のだよ」
「いいから座れっ!」
柚月の怒鳴り声に仕方なく座ると、何故だか隣りに小雪さんも座っている。
三者会談、ならぬ三者怪談だな、これ、と思って少し可笑しくなって笑いを堪える涼に、柚月の怒号が飛んだ。
「お前、どういうつもりだよっ!」
「何が?」
「匠と、恋仲になってんだろう」
恋仲って、渋い言い方だね、と思って涼は眉を上げた。
「…… 匠が、結婚するまでだけだよ」
柚月に問い詰められて、渋々答える。
「結婚する時には、潔く別れられるのか!?」
変わらずの怒鳴り声に、「別れられるよ」とため息をつきながら答える。
「匠の婚約者にも、悪いと思わないのか!?」
そこが一番痛い所だった。
「匠さん」と、匠に似合う清らかな彼女の姿が目に浮かぶと、胸が痛んだ。
不貞腐れた様な顔で、柚月の視線から顔をそらすと、何か言いたげに小雪さんが柚月を見ている事に気付く。
「あ、なんか、小雪さん柚月を見てるけど… 」
とりあえず、この空気が重すぎて話しを逸らした。
「てかっ!焼けぼっくいに火を付けたの小雪さんだからっ!」
振り払ったのに、匠の傍に行く様に小雪さんが仕向けた事を言った。
「そうなの!?」
柚月が小雪さんの方に振り向くと、小雪さんはバツが悪そうに目線を逸らす。
幽霊でも、バツ悪そうな顔とかすんだな、淡々と涼が思いながら、小雪さんをこんな風にさせる柚月は最強だな、怖ぇ、と目を瞑る。
「本当に、悪いこと言わないから、匠との関係は切れ」
「大丈夫だって言ってんだろ」
大丈夫な訳がない、柚月は涼の事が心配だった。
中学からの長い付き合い、ずっと涼の恋愛事情も見てきた柚月は、匠に対しての感情がこれまでとは全く違う事に気付いている。おそらく、初めて本気の恋をしている。
匠が結婚して此処を出て行く時の涼を思うと、このまま二人の関係を続けさせるのは絶対に良くないと柚月は思って、何とか別れさせようと説得する。
「お前達が結ばれる事は無いんだぞ」
静かに柚月が涼に諌めると
「分かってる。絶対に大丈夫だから。だから、それまでだけでも、匠を愛させてくれよ」
しんみりと言う涼の言葉に、何も言えなくなる柚月と悲し気な顔の小雪さん。
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