匠は渡さない

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匠は渡さない

匠の婚約者が涼の店に来て、言いたい放題に話した翌日の朝、思う様に眠れなかった涼が仕事に出る匠を見送る為に起きてくる。 「おはよう。眠いでしょう?起きて来なくていいのに」 殆ど寝ていない酷い涼の顔を見て匠が言った。 「匠の顔が見たい」 ぼそっと言うと後ろから抱き締める。 「そ、そうか… それは嬉しいけれども… 」 顔を赤らめて、抱き締められた腕を掴んだ。 そのまま靴を履こうとしたので履きづらい。 「涼さん、ちょっとごめんなさい」 靴を履くために涼の腕を解いて振り向くと、悲しそうな顔をした涼の顔が目に入り匠は驚いた。 「あ… 涼さん、行ってきます」 ビジネスリュックを背負い、気になりながらも涼にそう言うと 「匠、キスして」 え?と思う。涼がそんな風に言う事は滅多にない、キスをしたければ自分からしてくる。 匠より少し背の高い涼が上がり框に立っているので、余計に身長差が出ている。顔を上げて背伸びをして、キスをしようとするが涼の口に届かない。 「涼さん、ちょっとは協力して」 赤い顔で涼の胸元のシャツを引っ張る。 次の瞬間、匠の首の後ろを優しく包み込み、やっぱり涼からキスをした。 「ずっと… 一緒に居たいな」 鼻先を付けて、泣きそうな顔で涼にそう言われた匠が胸を痛める。いずれ匠が結婚するまでの二人の関係である事は、互いに留意していた。 「… 行ってきます… 」 首の後ろに手を当てたままの涼の腕を外し、匠が後ろ髪を引かれながら家を出た。 匠の背中を見送り、涼が決心する。 ふざけるな、お前に匠は絶対に渡さない、そう思って婚約者がセフレと電話で話していた内容を思い出して行動に出る。 明日、匠の婚約者とセフレが会う約束をしていた。待ち合わせ場所は渋谷の駅前、時間も聞き取れた。 セフレとの密会を証拠に残してやる、そして匠との結婚を潰してやる、覚悟を決めた涼の目が、リビングの空気を睨む。 ✴︎✴︎✴︎ 面が割れているので、真っ黒のサングラスにマスク、それにキャップ帽を被り怪しい出立ちが余計に目立って周りの目を引いたが、涼だとバレてしまうよりは良かった。 待ち合わせ場所だという駅前に着くが、あの女の事だ、きっと男の方が先に来ているだろうと思って周りを見るが、どいつだか、当然さっぱり分からない。 スマホをいじり、自分も誰かと待ち合わせをしている様な振りをしながら、ギョロギョロと辺りを見回し左右に目を配る。 来たっ! 匠の婚約者が優雅に歩いて男の傍に近づくと、腕を組んで甘えた顔をして見せた。 やっぱりな、匠の方が比べものになんない位にイイ男だ、そこは変に満足感を得る。 おお、忘れちゃいけない、腕を組み二人で並んで歩いている写真を撮って跡をつけた。
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