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「ドキドキするね、涼さん!」
「しぃーっ!黙れ」
涼が人差し指を立てて口に当てた。
今日は柚月が花屋の店員と食事の約束をした日。
柚月には内緒で、二人で跡を付いてきた。
何か俺、この前からこんな事ばっかしてる気がする。匠の婚約者の不貞を追っていた日を思い出した涼。
待ち合わせ場所で柚月が待つ。
緊張している様子が匠と涼にも伝わり、同じく緊張する。
「あ゛ー!駄目だっ!見てらんねー!」
涼が降参すると、匠がキッとした顔をして見た。
「涼さんっ!柚月さんが今、どんな気持ちであそこにいると思ってるんですか!?」
真面目な顔で涼に意見するが、敬語なので涼がダメ出し。
「敬語だからダメ、可愛くない」
ハッと顔を赤くして「ごめんなさい」と謝る匠。匠も緊張している。
「匠、来たぞ!」
二人肩を抱き合い物陰で、柚月とお花屋さんを見守る。呼吸が荒くなり、
「涼さん、鼻息荒い」
「匠、お前もだよ」
生きた心地がしない二人が息を呑む。
待ち合わせ場所で、直ぐに本当の事を話そうと決めた柚月が、お花屋さんに頭を下げている。
お花屋さんは口に手を当てている。
涼が視線を逸らして顔を横に向けた。本当に見ていられなかった。匠も同じく俯いて、ただ時が過ぎるのを待った。
声が聞こえないから、状況が分からない。
二人同時に柚月の方を見ると、もう柚月もお花屋さんもいなかった。
「えっ!?何?どうなった!?」
狼狽えようが激しい涼。
「さ、探そうっ!涼さん!」
「何処をだよ!」
涼は泣きそうになっている。
そんな涼を見た事が無い匠は少し、嫉妬を感じた。柚月との長い付き合いを超える事が出来ない気がして、匠は拗ね始める。
「そんなに柚月さんが心配なの?」
「え!?」
確かに柚月が心配だが、匠にそんな事を言われてドキリとする。
「し、心配は心配だけど、何?ヤキモチ?」
汗を掻いて訊く涼に、素直に
「うん。嫌だ、僕。柚月さんと涼さんの間に入れない」
唇を噛んで俯く匠を必死で宥める涼。
「な、何、何言ってんだよ!俺は匠をこんなにも愛してるじゃないか!匠、そんな顔しないでくれよ… 」
「本当に?」
「本当だよっ!当たり前だろっ!」
匠を抱き寄せ、頭をぽんぽんと撫でる涼。
「お前ら、いい加減にしろよ」
突然、柚月の声がして驚く匠と涼。
「柚月っ!」
「柚月さんっ!」
同時に声が出る。
「公衆の面前でイチャついてんじゃねーよ」
二人が付いて来ている事は、柚月にはとうにバレていた。
一人でいる柚月に、二人ともかける言葉が直ぐに見つからない。
抱き合ったままの匠と涼に柚月が言う。
「考えたいから、少し時間を下さいってさ」
そう言った柚月の顔は嬉しそうだった。
今までなら、その場で速攻断られたり「詐欺!」と罵声を浴びせられた事もあった。
「考える」と言ってくれただけ、嬉しいと柚月が涙を浮かべて微笑んだ。
匠と涼、抱き合っている手を解き、柚月の肩に手をやり、三人で抱き合う。
「ありがとうな、匠。結果がどうあれ、本当に良かった」
柚月が笑って匠に言うから、涼がまた、匠だけを抱き締めた。
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