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とりあえずカウンター内から出る様に匠の腕を引く涼。
「あ、ごめんなさい」
夢中で、カウンター内にまで入ってしまった事に気付かなかった匠が我に返る。
「涼さん、お話しがっ!」
「うん… 仕事、終わってからで… いいか?」
鼻の穴を膨らませて、目をキラキラさせている匠を遮るのは心苦しいが、何せ仕事中、そう言うしかない涼が肩に手を置く。
「うんっ!店で待ってていい?」
頬を少し赤らめて目を見開き、涼の顔を瞬きもせずに見る匠が可愛過ぎた。
「暇だろ、家に帰ってろよ」
「ううん!涼さんを見ていたい!」
お前、その可愛さは反則だぞ、と匠の頬を両手で包む。
その様子をスン、となって見ている涼目当ての女性客達。
「何も揃ってイケメンが、くっつかなくてもいいじゃんね」
「でも何だろね、女に取られるより仕方ないか感、つーか安堵感、ない?」
「あー、なんか分かる気がする、諦めつくよね」
ずっと匠と涼を見たまま三人が話す。
店の隅で匠が食事をしながら、軽く酒を飲みながら嬉しそうに涼を見て過ごしている。ふと匠に視線を遣ると、必ず目が合うので、どんだけ見てんだよ、と思って涼は珍しく恥ずかしがる。
「何か良い事でもあったんじゃないの? 彼? 店も落ち着いたし、涼、帰ってもいいぞ」
マスターが気を利かせて言ってくれた。
「本当ですかっ!? 有難うございます!」
涼がこんな風に感情を表に出すのを見た事がないマスターが、眉を上げて驚いた。
「涼もそんな風にするんだね」
え?ああ…、と顔を赤くして頭を掻いた。
表向きの涼は、店で働いている時の様に粋でクールで穏やかな人間。匠と柚月の前とは別人の様に違う。
「どうした?いきなり店に来て」
「え?あの… ふふふ」
勿体無くて話せなくなった匠が、一人でふふふと笑っているが、涼には多少の見当は付いていた。
「何だよ、一人でニヤけて」
「家に帰って、ゆっくりお話しするね」
そう言って、店から歩いて十分程の道を手を繋ぐとブンブンと振って歩いた。
「お帰り、って何?二人揃って」
家に居た柚月が驚いた顔で見る。
「柚月さんっ!柚月さんもいらして丁度良かった!聞いてください!」
匠が少し離れると、涼と柚月が並ぶ前に立ちニコニコ顔で直立する。
「自分、結婚しません!婚約破棄をされました!」
「マジかっ!? 」
驚いて見せた涼に、え? 婚約者の不貞の事だろう? と不思議そうに涼の方を見る柚月のお尻を、匠にバレないようにつねった。
「イテッ」
小さい声で柚月が言って尻を摩る。
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