涼の憂慮

2/2
前へ
/56ページ
次へ
「中条?」 スパークリングワインを手に持った同級生が声を掛けてきた。 「やぁ」 「珍しいじゃん、中条が来るなんて」 「今年は都合がついたから」 そうか、と同級生が笑みを見せた。 大きなホテルの宴会場、懐かしい顔が沢山あった。同級生に先輩に後輩、こういった場が慣れない匠は緊張を隠せなくて、笑顔も引き攣る。 やっぱり、涼さんと一緒が一番楽しい、つくづく思った。 その時、ふと視界に入ったのは匠より三学年上の先輩。 激しく胸の痛みを覚えた。 何だろう? 分からない匠は鼓動が激しくなる。 匠が通った学校は中高一貫校。弓道部は、月に二、三回程度、中高合同の練習があり、その時に見かけた先輩だった。 次の瞬間、思い出した匠の足がふらついた。 匠が中学二年生の時、あの先輩は高校二年生。格好良かった、沢山の女子にモテていた。先輩目当てで弓道を始める人もいた。密かに匠はあの先輩に憧れて、いつも目で追っていたある日、先輩に呼び出されて言われた。 『変な噂立ってるから、あんまり俺の事見ないでくれる?』 すみません、と頭を下げた様に思う。酷く心が傷付いた匠は、それを全部無かったことにしたかったのだろう、完全に記憶が消えていた。 それからというもの、人に特別な感情を持つ事は全部拒否した。男であろうが女であろうが、ただの生物、そんな風に全くつまらない感情で生きてきた。 人を好きになった事がないのではなく、好きにならないようにしていたのだと気付く。 それでも、それ以上に涼の事は衝撃だったのだと匠は思って、途端に恋しくなった。 「あれ?もう帰るの?」 同級生の声掛けに、匠は軽く笑って会場を後にした。 それでも辛さが蘇ったのか、匠は涙がこみ上がりトイレに駆け込んで、声を殺して泣いた。 ひとしきり泣いて、さっき見た先輩の姿を思い出した。 全然カッコ良くなかった。 年月が人を変えるけれど、憧れていただろう先輩は、すっかり変わっていた。 涼さんの方が何億万倍もカッコいい。 なんだ… 。 落ち着いた匠がトイレから出ると涼の声がした。 「匠っ!」 何故此処に?そんな疑問も吹っ飛んで、涼の姿を見た途端に、また涙がこみ上げた。 「涼さんっ!」 涼に思い切り抱き付く。 「心配で来ちゃったぜ」 そんなに気になるなら会場へ行け!と柚月に怒鳴られ同窓会の会場に来た涼。 「匠、メールも寄越さないから… って、泣いてんの?」 目の周りが赤く潤んだ瞳を見て、涼が酷く心配気に匠の顔を押さえた。 「何があった!?」 「ううん、何もない」 目を潤ませて笑う匠の頭を、ポンポンと撫でて涼は抱き締めた。 「帰るか?」 「うん」 あんな苦い思い出があったって今はこうして幸せなんだから、と匠は自分に言い聞かす。 「じゃあさ、ふんっ」 何? ニヤける涼の顔を不思議そうに匠が覗き込んだ。 「ここのホテルの部屋、取ったから今日は泊まっていこうぜ」 「え?」 「たまには、違う場所でシてみたくないか?」 匠の顔が真っ赤になる。 いつも涼の部屋で情事をして、たまに匠の部屋でするだけでも興奮していたのに、ホテルの一室で… 想像するだけで匠は、暴れ出しそうな股間を悟られない様に、少し涼に背中を向けた。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

839人が本棚に入れています
本棚に追加