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「中条?」
スパークリングワインを手に持った同級生が声を掛けてきた。
「やぁ」
「珍しいじゃん、中条が来るなんて」
「今年は都合がついたから」
そうか、と同級生が笑みを見せた。
大きなホテルの宴会場、懐かしい顔が沢山あった。同級生に先輩に後輩、こういった場が慣れない匠は緊張を隠せなくて、笑顔も引き攣る。
やっぱり、涼さんと一緒が一番楽しい、つくづく思った。
その時、ふと視界に入ったのは匠より三学年上の先輩。
激しく胸の痛みを覚えた。
何だろう?
分からない匠は鼓動が激しくなる。
匠が通った学校は中高一貫校。弓道部は、月に二、三回程度、中高合同の練習があり、その時に見かけた先輩だった。
次の瞬間、思い出した匠の足がふらついた。
匠が中学二年生の時、あの先輩は高校二年生。格好良かった、沢山の女子にモテていた。先輩目当てで弓道を始める人もいた。密かに匠はあの先輩に憧れて、いつも目で追っていたある日、先輩に呼び出されて言われた。
『変な噂立ってるから、あんまり俺の事見ないでくれる?』
すみません、と頭を下げた様に思う。酷く心が傷付いた匠は、それを全部無かったことにしたかったのだろう、完全に記憶が消えていた。
それからというもの、人に特別な感情を持つ事は全部拒否した。男であろうが女であろうが、ただの生物、そんな風に全くつまらない感情で生きてきた。
人を好きになった事がないのではなく、好きにならないようにしていたのだと気付く。
それでも、それ以上に涼の事は衝撃だったのだと匠は思って、途端に恋しくなった。
「あれ?もう帰るの?」
同級生の声掛けに、匠は軽く笑って会場を後にした。
それでも辛さが蘇ったのか、匠は涙がこみ上がりトイレに駆け込んで、声を殺して泣いた。
ひとしきり泣いて、さっき見た先輩の姿を思い出した。
全然カッコ良くなかった。
年月が人を変えるけれど、憧れていただろう先輩は、すっかり変わっていた。
涼さんの方が何億万倍もカッコいい。
なんだ… 。
落ち着いた匠がトイレから出ると涼の声がした。
「匠っ!」
何故此処に?そんな疑問も吹っ飛んで、涼の姿を見た途端に、また涙がこみ上げた。
「涼さんっ!」
涼に思い切り抱き付く。
「心配で来ちゃったぜ」
そんなに気になるなら会場へ行け!と柚月に怒鳴られ同窓会の会場に来た涼。
「匠、メールも寄越さないから… って、泣いてんの?」
目の周りが赤く潤んだ瞳を見て、涼が酷く心配気に匠の顔を押さえた。
「何があった!?」
「ううん、何もない」
目を潤ませて笑う匠の頭を、ポンポンと撫でて涼は抱き締めた。
「帰るか?」
「うん」
あんな苦い思い出があったって今はこうして幸せなんだから、と匠は自分に言い聞かす。
「じゃあさ、ふんっ」
何? ニヤける涼の顔を不思議そうに匠が覗き込んだ。
「ここのホテルの部屋、取ったから今日は泊まっていこうぜ」
「え?」
「たまには、違う場所でシてみたくないか?」
匠の顔が真っ赤になる。
いつも涼の部屋で情事をして、たまに匠の部屋でするだけでも興奮していたのに、ホテルの一室で…
想像するだけで匠は、暴れ出しそうな股間を悟られない様に、少し涼に背中を向けた。
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