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今冬の東京は、年が明けてもまだ雪が降らなかった。
三人の休みが揃った朝、匠が自室からバタバタと慌ただしい音を立てて、階段を降りて来た。
「小雪さんが… 」
匠が用意した、ご供養セットの前に立つ涼と柚月。
「声が聞こえて… 分からないけど、小雪さんの様な気がして… 」
「なんて?」
涼が優しく匠に訊いた。
「ありがとう、幸せにね、って… 」
その言葉を聞いて、涼と柚月が微笑んだ。
「小雪さん、昇華したぞ」
優しく微笑みながら言う涼の言葉に、匠が固まる。
怨みを手放し、苦しみを受け入れ乗り越えて、小雪さんは天に昇った。
良かった、筈なのに何だか寂しいと思ってしまう匠。
「匠のお陰だ」
柚月が笑った。
その夜、小雪さんを偲びながら、久し振りに三人で夕食を囲む。
鍋にしよう、と涼が言い食材を購入する為にスーパーへ三人で買い物に出掛けた。楽しくて足が弾む匠は、涼と柚月の真ん中で歩いた。
涼がカクテルを作り、匠と柚月の二人で鍋の用意をする。
「ここを出て、彼女と暮らそうと思うんだ」
三人で揃って鍋を囲んでいる時に、唐突に柚月が言った。彼女とは、柚月が小雪さんの為にいつも買っていた、お花屋さんの女性。
「「本当にっ!?」」
匠と涼の嬉しそうな声が揃った。
戸籍上は女性で、心は男性のトランスジェンダーの柚月の恋が実り、愛を確実に育んでいた。
「でも、少し寂しいです」
言ってはいけないかな?と思いながらも匠がポツリと呟いた。
その匠をチラリと見て、涼は眉を上げると顔を上に向けて、天井に目を遣った。何も言わない。
「お前達見てると、羨ましくてな。俺も好きな人とずっと一緒にいたいと思った」
笑顔で柚月が言う。
「毎日が幸せで溢れるぞ」
片唇を上げてそう言った涼の瞳には、じんわりと涙が滲んでいる様に見えて、声には寂しさが響いていた。
「やっぱり、寂しいです!彼女さんも此処で暮らせばいいのにっ!」
心寂しそうに言った涼の声を聞いて、匠が泣きそうになって柚月に言う。
「なんだよ、俺がいるだろう?俺だけじゃ不満なのかよ」
涼が寂しそうな声で話すから、匠も辛くなって言ったのに、そんな風に言われて少しむくれる。
「いつでも会えるよ」
柚月が幸せそうに笑って言うので、匠も涼も笑って返した。
「何処に住むんだ?」
鍋をつつきながら涼が訊く。
「彼女、一人暮らししてるから、とりあえずそこに転がり込む」
ははっと笑った。落ち着いたら二人で住む部屋を探すと言う。
「じゃあ、部屋が見つかってからでも、此処を出て行くのはいいんじゃないですか?」
やはり、寂しく思う匠が言う。
「うん、でも、いつも彼女を見ていたい。匠も、涼をいつも見ていたいだろう?」
そう言われて顔を赤らめた匠と、鼻をくしゃりとした涼が目を合わす。
「小雪さんがいなくなったから、今度ここに来るシェアメイトは、すぐに出て行く事もないだろうな」
柚月の言葉に、匠と涼が柚月の顔を見た。
そうだ、そうだったと思い出す。ずっとほぼほぼ涼と柚月で暮らしていた様なもので、新しく入居人が来ても小雪さんを怖がり、すぐに出て行った。涼を想い、小雪さんへの恐怖を克服した匠。シェアメイトというより、もう家族の様になっていた三人の関係が終わる事を実感する。
「そうだよなぁ… 」
口を尖らす涼と、少し俯き加減の匠。
「何だよっ!湿っぽくなっちゃったな!」
柚月の言葉に、うーん、と言った匠と涼。
沈黙のまま、鍋をつついた三人。
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