初恋

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初恋

  「じゃあな!」 嬉しそうに幸せいっぱいに、大きなバッグを背負う柚月を見送る。 「元気でな」 「お幸せに!」 「そっちこそ、幸せにな!」 静かに玄関の扉が閉まった。 暫くの間、そこに佇んだままの匠と涼。 「行っちゃったね」 扉を見つめたまま、ぽつりと言った匠の頭を、わしゃわしゃと撫でて涼が抱き寄せた。 「何だよな!匠の気も知らないで嬉しそうに出て行きやがってな!俺がいるから寂しくないだろ?」 匠に言っているが、自分に言い聞かせている様な涼の顔を見て、ふふっと笑う。 「何だよ」 「ううん、何でもない。二人になっちゃったね」 互いに腰に手を回し、抱き寄せ合いながらリビングへ向かう。 「新しいシェアメイトが来たら、二人きりじゃなくなるな。柚月と暮らしてた時みたいにはいかねぇよな」 「…… 涼さん… 」 「ん?」 何か言いたそうに可愛い真ん丸い目で見る匠を、襲いたくなる涼が向き合って抱き締めると下半身を押し付けた。 「そ、そうじゃなくてっ!」 「何だよ、ソファーでシようぜ」 「もうっ!」 匠が真っ赤な顔で涼から身体を離した。 「あの… その… 」 「何だよ、言い辛い事か?」 匠の顔を覗き込む。 「誰か新しい人が来てしまって、二人きりじゃなくなるのって… 涼さんは嫌じゃないの?」 チラリチラリと涼の反応を見ながら、目を遣る。 「別に嫌じゃないけど… 」 何でも無さそうに言う涼にガッカリする匠。 「え? あ… 」 匠の気持ちに気付いた涼が、微笑んで 「どうする?俺達も、何処か二人で暮らす部屋、探すか?」 匠の頭に手を当て、小さい子に訊ねるようにまた覗き込んだ。 「でも、涼さんは此処が気に入ってるでしょう?」 「そうだけど、匠と一緒なら何処でもお気に入りになるわ」 涼の言葉に顔中を綻ばす匠。 「あ!雪っ!」 雪が降り始めた事に気付いた匠が窓に駆け寄った。 「積もりそうだな」 涼が匠の後ろから腰に手を回して抱き付き、肩に顎を乗せて外を眺める。 「降り積もった真っ白い雪は、今までの苦い思い出も全部消してくれる様で… 綺麗だな」 「苦い思い出?」 匠の言葉に、怪訝そうな顔をして訊く。 「うん…… 初恋、とか」 匠の言葉に激しく反応する涼。 「えっ!? 俺が初恋だろ!?」 「…… 内緒だ」 そう言うと、笑いながら涼の腕からスルリと抜けた匠を慌てて追う涼。 腕を掴んで、 「俺以外の奴、好きになった事ないよな!?」 猛烈に動揺している様子の涼。 ふふっと笑い、 「涼さんほどに、人を好きになった事はないよ」 と匠が涼にキスをする。 「俺ほどじゃ無かったら、あったのかよ」 それさえも許したくない涼が、匠の両頬を抱え込んだ。 「僕が好き?」 「決まってんだろ、だから、ちょっとでも好きになった奴、いたのかよ」 「うーん、でもあれは、恋じゃないな… 」 「あれって何だよっ!?」 なんだよぉー!と悶絶する涼の前で、幸せいっぱいの匠が笑っている。 《 うぶで生真面目さんの初恋のお相手は、間違いなく涼さんですよ 》 何処からか小雪さんの声が聞こえた。   ── fin ──
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