1、ある日バイト終わりに熊男が現れた!

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 狭い六畳間は男がふたり入るときゅうくつだった。  何もモノがないので物理的には余裕があるが、気分的にせま苦しい。 「信じてくれ。俺はこれを持ってきただけなんだ」 「はあ」  瞬は、テーブルの上にデンと置かれた食材を指さした。 「んで、これ何」  瞬が熊をよけて狭いワンルームに上がると、真っ先に目に飛びこんできたのはこれだった。床置きの小さなテーブルに載せられたのは。 「大したもんじゃないの。イカ、大根は菜っ葉つき、じゃが芋はこのサイズなら新じゃがだな? んで、この二枚貝、何だ? サイズ的に、ハマグリじゃねえか。ほうほう、ご丁寧に昆布まで」  イカはツヤツヤと透明に輝いている。かなり新鮮だ。  熊男はデカイ図体を縮こめて、テーブルの向こうで黙っている。  瞬はイラッとした。 「だから、何なんだよあんた。説明するって言ったよな。説明、していただきましょうか。そもそもどうやって入ったの。俺が一番知りたいのはそこだよ」 「これ」  熊男はコトリと小さな金属片をテーブルに置いた。 「合いカギ。預かってた」 「管理会社あ!」  瞬はテーブルの隅をドンと叩いた。  山と盛られた食材たちもドンと震えた。 「住人が替わったらカギくらい付け替えてくれよぉ」  格安物件には経費をかけていられないということか。  それにしても防犯思想はどうなっておるのか。  熊男はがっくり肩を落とした。  「待っててもらえるワケなんてないのは……分かってた」  瞬は食材の隙間に肘をついた。 「はいはい、誠クンね? あんたの恋人?」  熊男は首を振った。 「分からない。あいつがどんなつもりでいたかなんて」  瞬はハアと再びため息をついた。 「そーゆーとこで揉めてたんなら、アンタに原因があったに決まってる。引っ越したことも知らないまま、ずっと放置してたなんて。論外だ」  熊男はさらに小さくなった。  瞬がこの部屋に越してきて、もう二ヶ月近く経っていた。瞬が入居する前、空いていた期間がどのくらいかは知らないが。 「まあいいや。じゃあ警察呼ぶのはカンベンしてやるから、とっとと出てってくれない? こいつら持って」  瞬はイカや大根などを指差した。  熊男の腹が「ぐぐ~っ」と鳴った。 「何、その音……」  イヤな予感。そして、これは、当たる。 「頼む! 料理してくれ。腹減ってもう一歩も動けないんだ」 「やっぱりか~」  瞬は頭を抱えた。 「何だよ、このナンセンスな組み合わせ」  瞬はぼやいた。  ワンルームの狭い台所で、瞬はステンレスの包丁を取り出した。  食えなくなって、調理する気をなくした瞬は、パンを切るときくらいしかまな板を使わない。  とりあえず大根は根っこと葉っぱに分け、それぞれを洗った。新じゃがはタワシでこすれば皮が取れるが、タワシはないので食器洗いスポンジの固い方で代用する。ハマグリは塩水に漬けた。 「さて、どうしますかね」  料理をしないので、調味料も醤油と塩しかない。  両手両足を縛られたようなものだ。  だが、イカはせっかくこんなに透きとおっているのだ。早く始末をつけてやるのが親切というもの。  少しの間脳内でシミュレーションを回したが、瞬はひとりコクコクとうなずいてパンを食べるとき用に買ってあったバターを冷蔵庫から出した。  昆布があったのは幸運だった。これでダシを引ける。  引っ越し直後に数回使った家庭用の鍋やフライパンをフル活用して、瞬は手順を進めていった。  ザーザーと聞こえていたシャワーの音が止まる頃。  テーブルの上には、「あおりイカ大根おろし添え」「ハマグリと新じゃがのバター焼き」「大根菜のおひたし」が並んでいた。 「あ、その脱いだ服、そうっと持ち上げて風呂場に入れてくれる? これ以上部屋に泥を落とされたくないんで」  瞬は振り返らずにそう熊男に声をかけた。後で掃除もさせてやる。  熊男は言うとおりにした。  瞬の出してやったスエットを身につけて、熊男は思わず声を漏らした。 「うわあ……うまそう……」 「よだれ垂らすなよ」  瞬は横目でキッとにらみながら、テーブルに取り皿を並べた。不揃いのパン皿と小皿。 「みそのひとつもありゃ、残ってる大根でみそ汁くらい作れたけど。あいにくそんな気の利いたものはなくってね」 「うぅまぁい~~~~~」  食べながら、熊男はダラダラと涙をこぼした。  瞬はギョッとしたが、この男は初めから訳ありっぽかった。事情のひとつやふたつあるだろう。よほど空腹だったと見える。 「あー、あー。ハナミズ。垂れてる垂れてる」  瞬はティッシュを取ってやった。熊男は手渡されるままに鼻をかんだ。  何だろう、この感じ。  手のかかる子供、か?
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