2、ゼリーの日々

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 そんな風にして瞬のワンルームに居ついた伸幸だったが。 「ただいまー……っと」 (あれ?)  瞬が靴を脱ぎ終わる前に、伸幸は「おかえりなさい」と迎えに出てくる。  なのに。 「伸幸さん……?」  狭いワンルームはガランと空っぽだった。 「何か買いものに出てんのかな。冷蔵庫ん中いっぱいなのに」  午前の盛りつけシフトが終わって帰宅した瞬は、昼メシのしたくのため冷蔵庫を開けた。  食材のストックは、塊のベーコンととうもろこしとピーマン。 (相変わらずちぐはぐな……)  棚を見ると、先日伸幸が買ってきたパスタが半分残っていた。  これを茹でて、ベーコンとピーマンで炒めるか。  とうもろこしは新鮮さが命なので、とりあえず茹でておやつにしてやる。  パスタもとうもろこしも茹であがった。  伸幸は戻ってこなかった。 「腹キツー」  瞬はひっくり返ってパンパンになった腹をさすった。  その日は夜になっても伸幸は帰ってこなかった。  パスタもとうもろこしも、明日まではもたない。今日食べてやるしかない。  瞬は時計を見た。  食べられるところまで食べて、一〇時を過ぎ、後は捨てた。   ふらりと現れた風来坊だ。  またふらりと、どこかへ行くだろう。  瞬はひさびさに手足を伸ばしてゆったり寝た。  窓を鳴らす風の音が妙に大きかった。  翌日は夕方のシフトが入っていたので、瞬は昼にいったん部屋に戻り、ゼリーを飲んでもう一度弁当屋へ出勤した。  休憩室で休んでいてもいいが、弁当を食べない瞬は手持ちぶさたになってしまって、退屈なのだ。  仕込みシフトの勤務が終わり、部屋へ向かって歩いていると、瞬には微妙な違和感があった。  みぞおちの辺りを撫でてみると。 (……何か俺……腹減ってる?)  ここしばらく、伸幸のメシを作るついでに自分も少しは食べていた。  そのせいか――。  数週間ぶりの空腹感だった。  何か入れておかないと後で動けなくなるといった段取りじゃなく、何か腹に入れたい、できれば自分の好むものを楽しみたいという、「ものを食べたい欲」に近い感覚がある。  そう言えば、以前は日に一、二度、こういう感覚があった。  毎日だ。  そうして、今日の自分の食べたいものは何か、腹と相談して献立を決める。食事のたびに自分の食べたいものを食べられるとは限らなくても。  食は、楽しみだったはずだ。  瞬は、かつて自分が食事を楽しんでいたときの食卓を思い出しそうになって、慌てて拳を握りしめた。  思いだすほどの記憶はない。  もう何も感じない。  一緒に食卓を囲んだ誰か。自分の料理を喜んでくれた誰か。  そんな誰かなんて、結局存在しないんだから。  記憶のフタが開かないよう、急ぎ足で歩いた瞬の目に、自分の部屋の灯りが見えた。  思わず瞬は走っていた。  瞬がバタンとドアを開けると、テーブルにまたたくさんの食材が載っていた。  鶏もも、プラム、玉ネギ、クレソン、レタス、生そば……。  また、何をどう調理してよいか、途方に暮れる組み合わせ。 「おかえり、瞬くん」  伸幸が笑ってそこにいた。 
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