第十章 逆回転

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 「すごい。よく見てるね」  「俺、空気を読むの得意ー!」  「私、辞めることにしたんだー」  私の昨日今日の心変わりに、彼はたしなめることなく受け入れてくれた。  「うん。いいんじゃない?まだ冷静なうちに辞めたほうがいいと思う。仕事に呑まれる前でよかったじゃん。場を乱しておいた俺が言うことじゃないけど、今のままだと責任擦り付けられて捨てられるよ?再浮上すらさせてもらえないかもよ?」  薄っぺらいフォローと言いわけをしない彼に好感。コーラを飲んだ時に上下する喉仏がセクシー。  「ん?」  「あ、うん、ごめん。なーんか、色々とどうでもよくなっちゃって」  彼は目を細めて笑う。  「わかるわー。俺も、今回みたいな仕事は受けたくないもん」  「サヤカのお母さんのやつ?」  「そう、それ。拘束時間長いと高額もらえるーって、安請け合いしたのが大失敗。あんなのやりたくないよー!俺の仕事は一時的な幸せのご提供であって、他人を不幸にする仕事じゃないし。あーあ、トラウマだわ。俺も予定より早いけど、仕事辞めっかなー」  「じゃあ、同じだ」  「そう、同じ同じ」  笑うタイミングも同じ。  「ねえ、レンタル彼氏の仕事って儲かるの?」  「ぜーんぜん。勉強だよ、勉強。俺、売れない劇団の劇団員やってんの。事前にお客様からご希望のタイプを聞いて、そこから演技の勉強させてもらってると言うか」  「たしかに勉強になるかも」  「ね?一石二鳥でしょ?でも今月で終わりにすんの。演技の道も捨てきれないけど、就活しないとさー。チケットも手売りで、お金もないから稼がなきゃだったんだけど、このままだと卒業も危うい」  (学生かー)  骨ばった手と爪はきちんと手入れされていて、肌もキレイ。若さもあるだろうけれど、しっかりとスキンケアされている証。  学生の時は五歳差なんてとんでもないと思ったけれど、社会人になると見た目で判断するのは難しい。私もギリ大学生で通じるだろうか。  距離が縮まった後は、世間話で盛り上がる。  学生で何が流行しているとか、男性のスキンケア事情とか。  ちょっとした文化の違いを感じつつも、歯に衣着せない性格と物怖じしない彼の態度で、同年感覚の会話が進む。  「今まで、簡単な面接と筆記試験で進学できたからさー、自分自身の生き様を評価されて希望の企業から採用されるっていうの、すげえ緊張ー」  「わかるわかるー。イケた!って思った企業から不採用通知来た時は、凹んだわー」  「やっぱり?どうやってモチベーション維持したのー?」
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