第六章 私の気持ち

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 (部屋には入ってしまったけれど、何も触ってないし、そっと立ち去れば間に合う気うんじゃ)  弱気な感情を何度も飲み込んで、玄関からショウヘイを連想させるものを探した。  (よく考えてみれば、東京のショウヘイを知らない。スーツの好みもわからない。ハヤテもどこかに行っちゃった。はあー。自分の意志で決断しておきながら、大事なところで誰かに頼ってる)  最悪な展開も考え、目に涙が溜まっていく。潤んだ視界でショウヘイが寝ているであろうベッド横に目を凝らすと、見覚えのある、なだらかな四角形が確認できた。周囲よりも明るいその形は、私とショウヘイを繋ぐ大切なものだった。  「あったあ……」  私はその場にへたり込む。ベッド横にあったのは、私と同じ型のシルバーのキャリーバック。イケイケのショウヘイが、その当時流行っていたステッカーを貼ったキャリーバック。  「本当に、よかったあ」  私は余韻に浸っていると、サアーッ!とベッド横のカーテンが開いて、太陽の光が部屋を満たした。  「え、人?はっ?ああっ?サヤカ……?え?ええっ!サヤカ、何やってんだよ!くうっ!いったー」  ベッドから起き上がったショウヘイは、正体がわかって緊張が解けると、すぐにベッドに横たわった。  「はっ?どうなってんの。やべえ。感情が追い付かない。とりあえずここに来てくれない?今、二日酔いで頭が…」  「わかった」  つうっ……  頭を抑えるショウヘイに、何が一番効くのか知っている。私は冷蔵庫を開けてよく冷えた水のペットボトルを取り出し、薬を渡した。  「はい。冷蔵庫でしっかり冷えた水と二日酔い専用の薬。事前に用意しているところはさすがだよね。熱さまシートは?」  「んー。あー。台所の引き出し。助かるわー」  (あーあ。何やってるんだろ)  ショウヘイを背にしてため息をついた。  無視すればいいのに、見捨てられない。色々と言いたいことを用意しているのに、タイミングが難しい。  「窓、開けてもらってもいい?片付けたいから」  「ああ?ああ、うん」  薬を飲み終えたショウヘイは部屋を見渡して気まずい顔をすると、ペットボトルをキャリーバックの上に置いてベッド横の窓を開けた。  「そのキャリーバック。いつから荷物置き場になったのよ」  「は?違うし。サヤカを近くに感じるからだし。俺なりの添い寝のつもりだし」  「それが理由?酷い扱い」  「違うって、もう。病人に意地悪やめろー」  悪態をついてみたけれど、幸せオーラに包まれたショウヘイには伝わらない。中途半端なお菓子を片付け、ラーメンのスープを捨てて、背中に感じる柔らかい視線が温かい。  「サヤカ、来てくれて嬉しい」  「洗濯機セットしもいい?振動が頭に響くかも」  「うん。大歓迎。サヤカ、大好きー」  「掃除機は?」  「えー?かけてくれるの?僕のカワイイ奥さん」  わざと噛み合わないような会話をしているのに、ショウヘイは気付かない。
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