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目を覚ますと、優は地面に仰向けになっていた。真っ青な空に、白く大きな雲。それに、
…ものすごく暑い。優は慌てて起き上がると、そこには見たこともない景色が広がっていた。周りに建物はほとんどなく、辺り一面草原が広がっていた。見たことあるのはこの古本屋だけ。でも、随分と綺麗な姿だった。優は上着を脱いでノースリーブになり、腰に巻き付け、ズボンの裾も折り込んだ。これから、どうしよう。そう思っていると古本屋から一人の女性が飛び出してきた。
「あの、大丈夫ですか?急に外が光って、気づいたらあなたがいて…」
「大丈夫です。でも、あの、ここはどこですか…?」
「え?ここは緑ノ浜町よ」
緑ノ浜。優が住む町と同じ名前だ。優は必死に考えた。
「…あの、今って何年ですか?」
「今は…」
お姉さんの口から出てきた時代は、優が生きている時代より七十年ほど前の時代だった。お姉さんは心配そうに優に話しかける。
「もしかして、記憶ないの…?」
「いえ、記憶はあるんですけど…」
優は言葉に迷った。タイムスリップなんて言っても信じてもらえるわけがない。
「実は、その、家出してきて…」
「家出?」
「はい、そうなんです。でも、この町のことあんまりわからなくて…」
「そうなのね、一体どこからきたの?」
「いや、その、」
緑ノ浜町だ。だが、そう言うわけにもいかない。
「ちょっと、遠いところでして…」
「言いたくないなら言わなくていいわ。行くあてはあるの?」
「いえ、ないです…」
「うーん、あ、私の親友が旅館で働いているの。空き部屋がないか連絡してみるわ…ちなみになんだけど、お金は持ってる?」
「はい、持って、、あ」
持ってはいる。持っているが、今持っているお金はこの時代では使えない。
「持ってないですね…」
「なるほど。とりあえず連絡してみるね」
「ありがとうございます」
お姉さんが本屋に戻り、電話をかけていた。昔この辺りは何もなかったと聞いたことがあったが、ここまでだとは思っていなかった。でも、住宅街から少し離れたこの場所は不思議なほど心地よかった。お姉さんは「またね」そう言い、電話を切った。お姉さんが私の方を戻ってきて、少し困ったように話し始めた。
「今の時期は空いている部屋が多いから、泊めてくれるって。ただ…」
「ただ…?」
「一応あっちも商売としてやっているから、三日が限界だって言われちゃって…」
三日もあれば、何かが変わるかもしれない。
「三日で十分です。本当にありがとうございます」
優は深々と頭を下げた。それからお姉さんに案内され、旅館へ向かった。
「そういえば、あなた名前は?」
「優です。鈴村優」
「素敵な名前ね。私は丸山恵子よ」
「あ、書店の名前、丸山書店でしたよね?」
「そうよ。父が開いたの。本を読む習慣のないこの町に本屋を造って、町に活気を与えたいって。ありがたいことに沢山の人に愛してもらってね。町の人も自分も本を書く!なんて言ってわざわざ書いてくれてね。町に住む人なら誰でも、作品をこの書店に置けるようにしてるの。まぁ、値はつけられないんだけどね。とにかく、私はこの店を通じて沢山の人に本の素晴らしさを知ってもらいたくて。だから、私は死ぬまで丸山本屋で働くつもりなのよ」
「素敵ですね」
「そうかな。私は本が好きだけよ。それに、父はもう五年前に亡くなっちゃったんだけど、あの本屋にいると父が今も近くにいてくれるような気がして。
「そうなんですね」
「優ちゃんは?夢とかないの?」
「夢、ですか…」
昔は碧のお嫁さんになることだったっけ。
「今はない、ですかね」
「今はってことは昔はあったの?」
「恥ずかしながら、お嫁さんになるのが夢でして…」
「良い夢じゃない。優ちゃんもお見合いで結婚するの?素敵な人に出会えるといいわね」
「実は、好きな人がいて…」
「あら!そうなの!うちは結婚するならお見合いって親戚にずっと言われてるんだけど、優ちゃんはどうなの?」
「私の家は自由です」
「だったら、その彼と結婚出来るといいわね」
優は素直に返事できなかった。碧と結婚なんて夢のまた夢のような気がしていたのだ。
「…もしかして、その彼と何かあったの?」
「それが…」
優は多分、この話を誰かに聞いて欲しかった。優は淡々と話し始めた。碧との出会い、告白、喧嘩。長い話だったけど、恵子は時々頷きながら真剣に聞いてくれた。
「なるほど。よっぽど彼のことが好きなのね」
「うーん。どうなんでしょう。私は好きでも彼はどうだか…」
「どうしてそう思うの?」
「彼、返事がいつも適当なんです」
「適当?」
「はい。言葉に詰まった時に、こういうこと?って聞くと、そう。そうなんだよ。って言うし、質問しても、そうそう。っていっつも『そう』ばっかりで。ちゃんと聞いてくれてない気がして…私の話が面白くないんで、しょうがないとは思うんですけど…」
「ふふっ。そんなことないわよ。それは優ちゃんが彼氏さんの事よく理解してるって事じゃない?」
「うーん、そうなんですかね?」
「でも、その感じだと本当に『そう』ばっかり言ってるみたいね」
「はい、もう今度から『そうくん』って呼んでやろうかなってぐらいで」
「いいじゃない。そうくん。それで?『そうくん』にはなんて告白されたの?」
「えー?そうくんの告白の言葉ですか?それがですね…」
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