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それから二日経った頃、優の部屋に良子が来た。
「優ちゃん?起きてる?」
「はい、起きてます。おはようございます」
「おはよう。あの、実は、厨房の人が一人急に辞めることになっちゃってね。もし、優ちゃんさえ良ければ代わりに働いてくれないかしら。そしたら、住み込みという形に出来るからもう少しここにもいられるし…」
「え、いいんですか!やらせてください!!」
優は旅館に来た日から、手がかりを探してしばらく町を歩いた。だが、未来に戻る方法はさっぱりわからなかった。正直、三日が過ぎたらどうしようかと思っていたので、これは優にとってはとてもありがたい話だった。
「今日からお世話になります。鈴村優です。よろしくお願いします。」
「よろしくね」
ここは小さな旅館で、厨房で働いている人は合計で十人ほど。この日は優を含め四人だった。
「それじゃあ、さっそく今からは昼食の準備を始めるんだけど、優ちゃんはとりあえずお皿洗ってもらっててもいいかな?」
「はい!わかりました!」
お皿を洗いながらでも、厨房に漂う良い匂いが鼻にすーっと入ってくる。醤油と砂糖を煮詰めたような甘じょっぱい匂い。今日の昼食はなんなのだろうか。優は楽しみで口が少し緩んだ。
「お皿洗い終わりました!」
「あら、本当?早いわね。こっちもあとは煮詰めるだけだし…。あ、そうだ。今日のお昼ご飯、味見してみる?」
「え、いいんですか!?」
「今日だけ特別よ」
そう言いながら渡されたのは豚の角煮だった。
「美味しそう…!!」
一口食べると、肉汁が飛び出し、肉がほろほろと崩れていく。タレと肉が絡み合い、最高のハーモニーを醸し出していた。
「美味しいでしょ?この角煮は昨日から煮込んでいたからね。普段のご飯はその日に作ってその日に提供するんだけど、うちの看板メニューの角煮だけは毎回、前日から準備するのよ」
道理でこんなに柔らかく、味も染み込んでいるわけだ。それにしても、この味、母の角煮に似ている。母は料理が好きではないが、角煮だけは決して手を抜かずにとても丁寧に作る。母が角煮を作る日は、いつも碧が家に食べに来るんだよな。そんなことを思い出していると、優の目に涙が浮かんだ。
「優ちゃん!?どうしたの?もしかして、美味しくなかった?大丈夫?」
「いえ、美味しいです…本当に…」
「そう、良かった。優ちゃん、区切りもいいし、落ち着くまで休憩してきていいわよ」
「すみません、ありがとうございます…」
この時代の緑ノ浜町はとても温かくて素敵な所だ。でも、やはり優は元の時代に帰りたくなった。母、父、そして碧が恋しくてしょうがなかった。
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