扉、其ノ先ノ...

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*  葵は昼の陽気に照らされながら授業を受けていた。四時間目にあたる時間だ。後十分もすれば、授業は終わる。いたって普遍的なシャーペンに、普遍的なノートを開き、みんなと全く同じ教科書を開き、こじんまりとしたペンケースが机の上にあった。五月の梅雨の時期には珍しく陽気が窓から入り込んでいた。しかし眠気よりも空腹感が勝ってしまい、眠くなることはなかった。 「高梨。」  授業を終えたところで、担任に呼び止められた。葵は足を止めて担任のネクタイを見つめる。顔は見れなかった。面と向かってなんてことは何年もやっていない。面接で緊張する時は胸元より少し上を見ておけば顔が上がっているように見えるなどと言うが、一メートルしかない距離でそれを実践したところで意味がない。葵の内気な様子が体現される。 「今日はすまないな。ありがとう。」  今の時代、昔みたいに教師が立場を利用して支配欲を満たすかのように、行き過ぎた正義を見せることもない。強制すればパワハラやら体罰だと言われかねない時代なのだ。自由にやりましょう。十人十色です。でもこれだけはやって“欲しいなっ”。と言われる。 「いえ…。」 「勉強は遅れていないか?」 「大丈夫です…。教科書も映像授業も使ってるので…。」 「そうか。それならいいんだ。あまり抱え込みすぎるなよ。それじゃぁ…呼び止めてごめんな。」  不器用な優しさを片手に震えた手で触れてくる。器用な人間はこんなことしない。担任が踵を返したタイミングで葵も背を向けて、一瞬その場に立ち尽くしたところで、弁当を片手に人通りの少ない場所を探した。妙に胸が軽くなった。少し咽せて、肩を上げてしゃくれあげるような呼吸音を立てた。きっと、ここなら落ち着いて食べてるよね、と葵は足を踏み入れる。
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