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「へあっ…。」
「……うん?」
誰もいないと思ったのに…どうして?と葵は心の中で呟く。小さな教室には先客がいた。
葵があの日見た少女だ。ワイヤレスイヤホンを耳につけていたようで、しゃくりあげた呼吸音が聞こえなかったらしい。
「…あぁ…君…。」
「ごめんなさい。」
「え?」
「お邪魔でしたよね。すみません。」
「おいおいおいちょっと待ってよ。邪魔なんて思ってないって…お昼、食べに来たんでしょ?私には構わず食っててよ。気にしなくていいよ。どうせお昼を忘れた私はこうやって誤魔化すしか方法がないんだからさ。」
少女は困ったように笑うと、外していた片耳のイヤホンを耳につけようとする。表情もすっと笑みが消えた。すんでのところで、葵は声をあげた。
「たっ…食べますか?」
「─っえ?」
「お昼、ないんですよね。おにぎり一個とデザート半分どうぞ。」
「え、いや、悪いよ。構わないでよ。」
「食べてください。…どうせあまりお腹空いてないですし。」
「……そこまでは言うなら、貰おうかな。ありがとう。」
少女は、おにぎりを受け取ると、ラップをめくり、一口かじる。
「美味しいね。これって炊き込みご飯だよね。豪勢だ豪勢だ。んー、おいし。」
「ありがとう、ございます。」
葵はペコっと会釈をする。そしてまた黙りこくった。それと同時に、相手が自分のことを覚えていないといいな、と心底願った。何故なら、今葵にご飯を分け与えられた人物は、あの日の動物園、雨に打たれながらもそれに構わず、シマウマを見ていたのだ。葵が直接何かをした訳でもないが、葵は人に見られるのも嫌いであれば、信頼できる内輪でない限り認識されることすら疎むのだから。
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