距離

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 なんと。……紫萌様がお戻りとは、確かに素晴らしい報である。  瞬時にいくつかの告げ口……いや愚痴……いや、報告が脳裏に浮かぶ。と、続けて。   「俺はな徳扇、姉君に廼宇を紹介しようと思う」 「…………!」 「いつまでも日陰には置かぬ。廼宇は俺の隣に居るべき者なれば。まずは、姉君だ。姉君ならば身分に縛られず廼宇自身を見極めてくださろう。……次には、よくよく機を見つつ征様あたりかな。早めに味方にしておきたい」  なんと。……暁士様も、先を考えているのだ。しかし紫萌様になど、いかなる形で会わせるものか。ついに皇族の身分までも明かすのか。 「皇族とは知らせずに会わせる算段をする。廼宇は意外にも礼儀は弁えてしまう男だからな。知らせぬほうが姉君にも面白かろう」  徳扇の内心を読むかの如く答え、暁士はすくと立ち上がった。 「でな、姉君の土産に杯阿須丹(ハイアスタン)の厚織物を差し上げようと思うのだ。潘狩からは更に遥か遠方の地なれば珍しかろう。ちょうど玄関への中途の客間にいくつかあるゆえ見てくれ、徳扇。……布を見るからには廼宇を呼ぶが、姉君の件は内緒ぞ」  廼宇が来るまでは姉への思慕を語られ、廼宇が来ては更に布談義を聞かされ。いやしかし廼宇の布への知の広さ深さよ、それを徳扇へと語る折の分かり易さよ。  すっかり楽しく時を過ごした帰り道に、小言なくして年末の挨拶を終えた事態にハタと気づき。次々に知を披露する廼宇の様子は明らかに暁士の味方であった、とはっきり気づき。  あの、いたずら坊主どもめがっ!  ……ん? 廼宇までをもいたずら坊主と思うなど。何やら腹の底がもぞりとこう……(ぬく)い気がするな。  ……ふふん、いいだろう。二人まとめてお仕置きだ。  紫萌様がいらっしゃったその暁には。  暁士様とて存知なき、廼宇への女攻勢のひとつふたつは知らせてしまえっ。
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