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「屋敷から出て一人になるとは、……俺から離れるということか」
「週末には、その。泊めていただければと思います」
そう言って恥じらう様は、俺を確かに思っているようにも見える。
「なぜ出るのだ。どこに住むのだ」
「……甘えてばかりで。暁士様の手のひらの上で職をいただき屋敷にも住まわせていただき。本来の分には相応しからぬ厚遇です。私も良い年の男なれば、自らの暮らしを自ら整えるべきかと。……部屋は玲邦に置き、薫布の職に気を入れ易くするつもりです」
玲邦。暁嬢ならばさておき、常なる俺の職からは帰りに寄るには遠すぎる。
「週末のみか。……もし俺が週末に職が入れば、二週も三週もあくではないか」
「あの、よ、よろしければ平日も参ります。空医所の日もございますし。常なる男女の逢瀬のように時宜にてお会いできますれば」
「だめだ」
俺の返事に、廼宇は黙った。
「ここに住むのだ、廼宇。ずっとお側に、とお前は言ったではないか。離れることを俺は許さぬ」
「……承知しました」
廼宇は異を唱えず、ただ了承した。
それはそれで、俺には何やら怖かった。
「では、ひとつだけ。元怜様に、体術の錬が不要となることお伝えくださいませ。私にはもはや不要な術でございますれば」
「身体を鍛えるのは良いだろう」
「お時間をいただき申し訳ないのです。別に職のあるお方、ご自身にてより実のある鍛錬をなさるべきお方です。私は要があれば自ら致しますゆえ」
そう言って礼をとり、部屋から辞した土曜の夜半。
俺に抱かれるために部屋に来たのだと思った。だが廼宇は、俺を痛めつける数々の言を放ったのみで、そのまま部屋から出て行った。
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