183人が本棚に入れています
本棚に追加
決定的なことが起きた。
何を決定するのかわからぬままに。兎も角、決定的な、衝撃だった。
あの日の俺は常よりも早く帰宅した。
廼宇に会いたくて仕方なかった。
以前とは異なる気を感じつつも、近頃の廼宇は俺が触れたならば敏感だった。廼宇を敏感にして、安心を得たい。そういう日だったのだ。
しかし屋敷に戻れば、雨華が『今日は廼宇様は遅くなるので夕餉も不要と伺っております』などと言う。
廼宇の戻りは実際にかなり遅かった。待ちかね過ぎた俺は、玄関より入りたての廼宇に歩み寄り抱きついた。
「よう帰った」
「……ただいま戻りました。お迎えなどと恐れ入ります」
……穏やかに告げる廼宇の髪から、気になる香がする。
そのまま顔を下にずらし廼宇の肩に、そして首元に唇を寄せた。ふるりと身体を震わせる廼宇の首から立つ、香草と白粉の混ざるこれは。
俺には明白なる香りだ。
「……妓館に行ったのか」
廼宇はしばし黙り込んだ。そして答えた。
「はい」
「何をしに」
「何とは。妓館ですることはひとつです。私も男でございますれば」
俺は信じぬ。
西中都ではともかく、今の廼宇が妓館遊びをするなどと。
「め、珍しいではないか。それにあの事件の折にも、妓館に出入りしながら妓女には指圧を施しただけだとか」
「あの妓館は悪の巣窟、妓女はかどわかされた者でございます。さような気にはなりませぬ」
確かに、医院にいた折もそう言っていた。けれど俺は勝手に信じたのだ。廼宇が誰かを抱くわけがない。廼宇のその手が女の股など弄るわけがない、と。
最初のコメントを投稿しよう!