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胸の内に黒い塊が増えていく気持ち悪さに、俺は寝転がったままうつ伏せた。
……廼宇の口を吸うなら、指を落とす。
六角では春季の指を落とした。主人の持ち物に無断で触れた、その咎にて俺は迷いなく刃を振った。
だが今の薫布は、ただの牽制だ。
もしも廼宇が求めて、例えば未陽に触れたなら。……俺は今では何をも出来ぬ。六角のあの頃とは、俺と廼宇の関わりが違う。持ち物ではない。
……そうだ。持ち物では、ない。
布団に顔を埋めたままに悶々とするうち、ふわりと、頭を撫でられた。
頭頂から肩へと廼宇の手が流れる。
幾度も流れる。愛しそうに、流れる。
撫でるに任せながら、いかに優しい手かと思う。……俺から離れようとしているくせに。この俺をこれほどに痛めつけながら、いかなる心で撫でるのか。
「……私が妓館に行くのは、お嫌ですか」
言が耳に入る刹那に、胸の内を侵す黒い塊がほどけ、正体を現した。
それは、悲しみだ。廼宇の手が俺以外に、女だろうが男だろうが触れる。だがそれは、俺が止められるものではない。それがただ、どうにも悲しい。
「悲しい」
廼宇の手に撫でられるまま、己でも驚くほど素直に言葉が出た。
「では、もう、止めます」
廼宇はごく自然に告げるとうつぶせていた俺の身体を転がし、上を向かせて口を吸った。撫でていた手がそのままに俺に絡みつく。
「俺から離れたいのか、廼宇」
「離れたくないです。……それに。近頃の私は少しおかしい……」
そう言って何度も何度も口付けた。身体ごと俺につけてくる。頭がついていかぬ間に、どうしようもない喜びと快楽が腹から沸いてしまう。
だが、だめだ。このままでは、この不安を抱えたままでは触れられぬ。
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