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「けれど私は、犬ではなくて人なれば。せめて自らの場所を自らで得たく存じます。暁士様のように大きなお方には無縁の、男として最低限の矜持ゆえ、ご理解をいただくに難あるかもしれませんが」
俺の意が伝わらぬのか。
あるいは俺が、廼宇の意を汲めていないのか。
俺が欲しいのはひとつだけ、廼宇自身だけなのに。戸惑いに溺れるうちに、廼宇は両手をついた。
「……私を解放してください。暁士様」
……解放。
言が槍となって俺の喉を貫く。
廼宇にとって、俺は己を縛る重荷となっていたのだろうか。
そして、俺から解き放たれたい。
俺から去って飛んでいきたい。
そのように願うのか、廼宇。
「は、離れたくないと、……言ったではないか」
「離れたくは、ない。離れるつもりではないのです。ただ、一人の男として、……共に歩むためにこそ、頭を冷やしたい。自立して生きたい。……屋敷を辞させてください。何卒お許しください。お願い致します」
涙を流す廼宇に手をつかれ、頭を下げられて。
……諾する以外に、何が出来よう。
……もはや、これまで。
「……週末には戻るのか」
「はい」
「戻らずとも良い」
廼宇は顔を上げた。逆に傷ついて見える。
「お前が来たいならば、来ればよい。俺が来いと命じればお前は小白と同等だ。……さようなことだろう、お前の論は。来たくもなかったお前を抱いても俺もつまらぬ」
「……承知しました。ありがとうございます。けれど、毎週末に参ります。必ず、参ります。私自身の意思として」
俺の荒んだ心を柔らかく撫でつける、最後の言。
かような折にまで。自身にて俺の内を刺し、切り刻んだこの折にまで、俺への熱き思いを語る。それは廼宇なりの誠実か、本心か。
だが、しかし。
熱き思いを受けても、なお。
刻まれた俺の内から流れ出る血は、止まることがない。
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