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暁嬢となって薫布に行くのが好きだ。
暁嬢が付きまとい、廼宇がいなす。そのいつもの遊びは今でも全く変わることがない。俺は飢えているから時折本気の顔になる。廼宇はすかさず暁嬢の鼻を摘まんで振り回したりする、そんな廼宇が好きだ。
「相変わらず仲がよろしくてようございました」
緑如。この男は店長代理、店のこまごまとしたことを仕切るよく出来た男だが、実は治外部の陰助だ。情報集めのみならず、人手が足りなければ捜査にも出る便利な男。その事実は相方の福来にも告げることはない。
特任隊の陰助ではないから俺の直接の麾下ではなく、薫布での間柄のほうが馴染がある。廼宇以外の店員では俺の本職と素顔までも知る、唯一の男なのだ。
「仲はいいけどさ。やっぱり、寂しい」
特任隊の隊長が麾下ならずとも目下の者に、しなを作って恋愛相談など他の員に見せられたものではない。しかし暁嬢の姿になれば俺の心は緩むのだ。緑如は男同士の間柄では先達だからなおさらだ。
「廼宇は近頃、またさらに色気が出て来ましたよね」
「ま、わたしから離れたからだっていうの。憎たらしい」
「離れればこそ愛しいかもしれません。離れてみないと分からないこともございます。暁嬢様、申し上げておきますが」
そう言って、緑如は声を顰めて顔を近づけた。
俺は近づいた半分程度に顔を逃がした。
知っているのだ。この男は少しだけ、意地の悪いところがある。底の質は良いから信は置くが、今は警戒すべき時。
「廼宇は、正真正銘、男ですよ。女人に人気がある。女人を抱けばきっと良い気にさせるだろう色気がある。正直なところ、暁嬢様もそして福来もいるから私も平然としておりますが、本来ならば私にも相手となるところです」
……何を言うのだ、この男。お前は受ける側のはず。
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