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その女の名を告げてのちは目線を降ろし、黙していた廼宇がフワと立ち上がり寄って来た。
俺の膝を両の手で開き、内側から右腿に腰かける。
「……どうしたのだ、急に」
俺は欲の強い男だ。廼宇を見れば容易くそそられる。
例えば、夕餉。
俺の帰宅が遅く食が遅い時には廼宇は気を遣い、食する間の俺には何の手出しもせずにゆるやかに会話する。そして食が終われば俺から手を出す。
時折だが廼宇の食が遅ければ、俺は遠慮なく行儀悪く手を出す。廼宇は頬を染め俺に文句を言いつつ食を続ける。
かくのごとき日々のうち、俺が廼宇に迫られることは稀有なのだ。だから今、どうしたのだ急に、という言を口にした俺の心の臓は急速に音が激しくなっていた。
「……彼女をここに座らせましたね」
……ああ。
俺は彼女を恐れさせ、忌避される客となるべきだった。
この腿に座らせた。座らせて衣の中に手を突っ込み、柔らかな内股の肌を撫でまわした。廼宇を救い出し組織をつぶすために、汚れなき女を辱めた。
役としては致し方ないことながら、清婁は役ではない者なのだ。詫びて詫びきれるものではない。
ゆえに廼宇から相談を受けた折には喜んで清婁の職を算段した。彼女のために洪絽としての徳扇まで動かし、小間物屋を店ごと買うも同然だ。
この案が首尾よく行くなら俺としては多少の贖罪になる気はするが、廼宇はそれでも許せぬのだろうか。本質を見る男だから、贖罪という概念すらがまやかしだと言下に否定される気もする。
内心の俺の怯えを知ってか知らずか、廼宇は俺の右腕をとり自らの腰にまわした。女よりも腰が太いのだから、清婁のように内股までは届かない。すると苛立たしそうに眉を顰めて、今度はぽいっと俺の腕を投げ捨てた。
……俺も長らく頭がおかしかったが、今宵の廼宇もかなりおかしい。
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