距離

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 さて、このところますます廼宇が気になる徳扇。  この度は洪絽の姿にて頼喜街をうろついている。  先日洪絽宅にて打合せをした折に、未だ暁嬢姿の暁士に下命されたのだ。  『ぎ、暁嬢が行くと目立っちゃうからね。誰かに正体が分かると嫌だもの。……何しろ清婁なんかにばれちゃって。もっと上手く化ければいい~、なんて言うのよ、あの女っ。……だ、廼宇に未練の素振りでも見せたらすぐにクビにしてやるんだからっ』  独り言が、危うい。  以前より多少感じていたのだが。暁嬢の姿となるとその嫉妬には妙な(ねじ)れが入り、より面倒になるようだ。共に会談していた董依が去りて後に始まったことに安堵する。 『で、私に何をお望みでしょう』 『その、廼宇ちゃんが。いや薫布の皆だけれど、中でも廼宇ちゃんが主になって立案して準備した、家具屋の……家具屋……ああっ。憎たらしいわね、あの桃寧っ。こんな展示会が終わればさっさと縁を切るべきよっ』  桃寧。その名は廼宇につけた護衛から時折上がっている。この度の共同展示会の相手先、全丈家具店の娘である。  こっそり付け届けをしてくる娘らも多いなか、家を上げて廼宇を取り込まんとしているらしい。さような行為が実を結んだらば、劉国自体が揺るぎかねんとは知る由もなかろうが。  ……手を回して家具屋に良い縁談でも当ててみるか。  何しろ、嫉妬に狂い周囲に不穏な気を撒きながらでもかような手回しまではせぬ。廼宇のことが好きすぎて、廼宇が自然に得るものを阻むことが出来ぬ。そんな暁士に成り果てたれば、やはり徳扇が動くことになるのだ。  しかしここでは、知らぬふり。 『桃寧とは、何のお話で』 『きぃぃっ! 忘れなさいな、その名前。で……何だったかしら……そうそう、だからその、展示会。緑如が会場にいるから、店主として緑如が言う相手だけちょちょいと挨拶してきて頂戴。あんただって見破られたら困るんだから、長居は無用よ』  ……とのことで会場にての任を終えたが、本日廼宇は薫布に詰めているという。ついでに様子を見てみるか。
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