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庸玄の問いに応じ、一瑳は送りの間について逐一の報告をした。
聞き終えた帝は何より気になるらしき件を問うた。
「朕の慄眼をいかに耐えたか」
「…………」
「耐えた策については何とも。ですが睨まれると解した上でのあの言を思い出し、わたくしつい、笑んでしまいました。知られる発端となりましたれば、誠に申し訳なく存じます」
ころころと鈴の音のごとき声にて謙虚に詫びれば、帝の眉も下がるようだ。いくつになっても美しく、愛嬌のある妃である。
「恐れながら、玉体の慄眼のお力は素晴らしく。最後の折など横並びの私とて強く感じてございます」
徳扇の奏上に帝はしばし目線をこちらへ据えて、ふふ、と笑んだ。
「であれば此度はそなたへの力試しは不要であるか。実のところ最後はかなり気を出したゆえに常ならぬ消耗を感ずる。……かの者のためなればそれもまた気に食わぬ」
……帝も覚えておいでであるか。
五歳の墨而が慄眼に耐えた後、力の衰えを案じた帝は徳扇相手に力試しをしたのであった。いきなりのあれは酷かった……。このほど先んじて力試しは不要との意を奏上した徳扇の言は、当時の珠然を真似たものである。
「それにしても、不可思議な男でございますな。あの度胸に加えて、開き直れば妙な爆ぜ方をする。いや実は、あの度胸に加えて最後の言など聞くに、頭の螺子が二つ三つは外れているのでは」
庸玄としては帝の機嫌が第一ゆえに、慄眼の話題から外れたいらしい。
「ほほほ。ゆえに瑠璃喰鳥を見れど慄眼を浴びれど、恐れの心は抜けた螺子穴より流れ出てしまうのでしょう」
「まあ、母宮様ったら。確かに四阿にても終始、大変のほほんとしたお方でございましたわ」
庸玄の意を汲んだ藍蘭妃と紫萌の評にて場に高貴なる笑いの渦が起これば、帝も確かに話題を変えて、つぶやいた。
「我が妃と娘を捕らえてやまぬが平民の男一人とは。気に食わぬ」
「父帝陛下。あの方はほどなく平民ではなくなりますよ。ねえ、徳扇」
紫萌のひと言で、皆の目線が徳扇に集中する。……し、紫萌様っ。まさかここにて知らしめるとは。
その中に帝の鋭き眼光をも感じ、自ずと背筋が伸びる。
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