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愚か
これを言えば、廼宇は傷つくに違いない。
怒りが止まぬに違いない。俺を許せぬかもしれない。
俺と共に生きる、常に共にあり俺の支えとなる。
それが廼宇の人生をかけての願いなのだ。俺とてもその心づもりで多くの題を課し、廼宇は応えて多大な努力を積んで来たというのに。
……廼宇を遠征には、連れ行かぬ。
俺は愚かな男だ。
廼宇が手元に戻りその回復に浮かれた俺は、安易に将来を語り過ぎた。確かなる期待を作らせてしまった。
そしてふた月も経たぬ今、全く異なる決をしている。この度の遠征の間じゅう考え、努めて冷静に検討をした結果だ。持たせた期待を、打ち砕く。
あの日。どうしたことか廼宇が屋敷にまるで戻らぬ、その事態に堪えきれずに菱黒山まで探索に行き、数々の死体を上げたあの日から。
深き闇を彷徨い始めた俺は、ひと月のちに漸く廼宇を奪回した。ところが廼宇ときたらまたもや死の淵に堕ちていた。二晩も目を開けぬ。あの空条が、私にかかりゃ死なせませんよといういつもの軽口を閉じている。
俺は震えた。行方を掴むまでに味わったどん底の喪失感、それに続く、手の中に置きながら永遠に失うかもしれぬという恐怖の極み。
震えるのみで夜も眠れず食も進まず、動かぬ廼宇のもとを訪うほかは何をしたかも覚えがない。
廼宇がやっと目を覚ましたその時には、心の全てが涙となって漏れ出た。
安堵で涙の出ることを、初めて知った。
俺自身の命よりも重いのだ。どうしようもなく。
……廼宇を失うならば、俺の生も失われる。
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