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結尾
ティトリは東の森に行こうと思った。
危険な悪霊と猛獣で溢れているという、クマリでなくなった者が最後に送られる場所である。
ティトリはきらびやかだが重たく動きづらいクマリの装束を脱ぎ、ガド族の砦にいたころの衣服を身に着けた。
王宮をうろつき、保存の効く食べ物を探したが、たいしたものは見つからなかった。
東の森は遠い。辿り着く前に飢えるだろう。ティトリはそう思った。
それで構わないと思った。それこそふさわしいとさえ思った。
荷物をまとめ、背負い、東に向かって歩きはじめようとしたとき、北の方角から歩いてくる影が一つあることに気づいた。
こちらに手を振っている。
ティトリが降らせた雨のために大切なものを失った人かもしれない。そう思うと、無視して歩み去ることはできなかった。殺されても文句は言えなかった。
近づいてきた人影は、どこかで見た憶えのある少年のものだった。会ったことがある気がするが、思い出せない。
「あなたはティトリですね」
少年はそう言った。質問というより、確認の口調だった。
「ごめんなさい、あなたが誰かわかりません」
「私はヨルバ。この国の王でした」
王とは話したことがなく、祭儀の場でも遠くから眺めるだけだった。
小柄な人だとは思っていたが、このような少年だとは知りもしなかった。
「北へ往かれたのではなかったのですか」
そう尋ねると少年王は、
「逃げてきました」
といって悲しげな苦笑いをした。
意味がわからずとまどった顔をすると、
「逃げることから逃げてきたのです」
と重ねて言った。
「私は飾り物の王でした。族長たちの思うがままに動く人形でした。でも、あなた一人を残し、北に向かう旅を始めてみて、それではいけないと思い直したのです。私は逃げ出しました。自分の責任に向かって逃げ出したのです」
決然とそう言う少年王の顔は眩しかった。ティトリは目を伏せ、顔をそむけた。
「ごめんなさい。私はこの国を滅ぼしてしまいました」
少年は、南に広がる惨状を眺めた。やがて言った。
「私が王です。すべての責は私にあります」
「本当に、私のせいなのです。私が自ら扉を開き、邪神を招き入れたのです」
話していて涙が出た。一度泣き始めると止まらなくなった。そういう自分を、ティトリは恥じた。
「あなたをクマリに選んだこと、あなたを閉じ込めたこと、あなたを一緒に連れて行かなかったこと、すべて私が責めを負うべきことです。あなたは自由です。私が王としてそう宣言します。だからあなたも、自分自身から自由になってください。あなたの人生はこれから始まるのです」
「私は今や邪神そのものなのです。自由も、人生も、許されるべきではありません」
「ではあなたは、これからどうするつもりなのですか」
「慣わし通り、東の森に行きます」
「では私も東に行きましょう」
「どういうことですか」
「あなたはその力で私を守り、能うかぎり生きてください。後悔と苦悩のすべてを、私と分け合って」
胸にこみあげるものがあった。耐えきれず、ティトリは再び泣いた。しかしその涙は、先程の涙とは別なものであった。
かくて二人は、ともに手を携えて王国の東へと去った。
ヨルバは東の地でティトリを娶り、子をもうけ、キクユと名付けた。キクユは長じてキクユ族の祖となり、東の地に王国を築いた。
ヨルバとティトリは能う限り生きて、そして死んだ。
了
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