銀狼少女。

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満月が、蒼く冷たい光を地上に投げかけていた。  蒼く染まった荒野を、少女を乗せた一匹の銀狼が駆け抜けていく。  静かな夜だった。風鳴りと銀狼の苦しげな吐息が混じった、唸りにも似た音が、妙に誇張されてあたりに響いた。  岩と岩の間を這うようにして餌を探していた鼠が、慌ててその身を地面の罅割れに潜ませる。  銀狼の、本来なら美しいはずの純白の毛を、自他の赤黒く乾いた血と肉片が不気味に彩っているのに気づいたからだ。    それは、銀狼の背にもたれかかるように乗る、少女も同じだった。  着ている服にも、躰にも、夥しい数の裂傷が刻まれ、左の肩口から右の脇腹まで、袈裟斬りにされた傷口は、今も新鮮な血液が溢れている。  紐で右手にくくりつけられた刀も、誰かの血と脂がべっとりとこびりつき、切れ味のないナマクラと化している。 …今襲われたら、ひとたまりもない。   後ろから、悪魔の足音が聞こえた。 馬の蹄が地を蹴る音が。 近づかれている。 足の速さではフェルリルの方が圧倒的に速い。でも、フェンリルは怪我を負っている上、少女をその背に乗せている。 追いつかれるのは、必至だった。 後ろから飛来した矢が少女の頬を、フェンリルの銀毛をかすめ、飛翔する。  少女は薄く唇を歪めて、自嘲した。 (私の、せいだ……) 笑った拍子に、金臭い味がせり上がり、喉を塞ぐ。  「ぁぐ……っ、ごほっ…。っ」  呼吸ができなくなって咳き込むと、こぷ、と溢れた血が唇を濡らし、乾いた地面に粘ついた血の花を咲かせた。 ………終わりにしよう。    そう思った瞬間、諦めとかすかな安堵が少女の胸をみたした。 「……フェン。」  血と喘鳴の混じった声で、少女は銀狼の名を呼ぶ。 「……もう、良…い。走…く、ても…い…。」 銀狼は、答えない。  点々と背後に血の跡を刻みながら、疾走する。後ろから、また矢が一・二本。 まだ遠い。弓の射程ギリギリ.でも、それも、もう終わる.  フェン、ともう一度名を呼ぶ代わりに、少女はそっと白銀の紅の斑の毛を撫でた。声を出さずに、唇の動きだけで囁く。 ……もう、良いんだ。本当に、疲れたんだ。  矢の帯びた風が、死神の嗤い声のような狂気を帯びて、少女の耳朶のそばを吹き抜けた。 蹄の音が、ますます大きくなる. いくつも、いくつも、重なり合って. 矢が弓に、つがえられる音すら聞こえるほどに。 赤と黒と乾いた土色に染まった視界の中、ごめん、と呟いた。 誰に聞かせるでも、なく。 その時、突然に。地面が、なくなった。 浮遊感。 落ちている、と気づいた時には、さっきまでいた地面は遥か上に、あった。追いついた人達が、覗き込んでいる. 重力にひかれて落下した少女の肢体が、ばらばらになるのではないかという勢いで、谷底の深い川の水面に叩きつけられた。少女のうめき声すら、水流は呑み込んで。  落下の衝撃に、少女の視界が夜闇の暗さとは違う闇に覆われていく。  躰が、闇に、吸い込まれていく。 口から漏れた気泡のかわりに、水が肺を満たす。 少女の躰が木の葉のように水流にもまれて、 深みへ。さらに、さらに、深みへ。 にどともどれない、ところまで。 落ちる.
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