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プロローグ ~はじまりのキス~
私は酒には強い方だと自負している。
多少気分が高揚することはあっても、冷静さは欠かさないし、記憶をなくすなんてことは以ての外だ。
『酒は飲むとも飲まるるな』というのはその通りで、自分の加減を知った上で愉しむべきものである。まだ酒を知ったばかりの学生ならともかく、いい年をした大人なのだから。
故に、今日もいつものように嗜むつもりだった。いや、正しくはいつもよりは飲み過ぎていたけれど、自分ではまだ大丈夫だと思っていたのだ。
そう、思っていたはずなのに――
◇
ぼんやりとした意識の中、誰かが私に覆いかぶさっていた。
意識を取り戻したときには、状況を把握するのに少々時間がかかったけれど、すぐに誰かと唇と唇を合わせているのだと理解できた。
勢いよく押し返した広い胸板。私を真っ直ぐに見つめる漆黒の瞳。輪郭こそ、インクが切れかけたペンで描いたように掠れてぼやけていたけれど、正常でない頭でも彼を見間違えることはなかった。
どうして、彼がここに……?
私、今キスしてた、よね……?
初めてのことに戸惑いを覚える。一瞬夢かと思ったけれど、速まる鼓動の音が痛すぎて、すぐに現実だと悟った。
夢でなければきっと幻だ。そうでなければ、何度考えてみてもこの状況はおかしい。
なぜなら今目の前にいるのは、私の憧れの人。唯一無二の、『推し』なのだから――
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