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作業が滞ること一時間ほど。やっと開いたドアからスーツ姿の男性が現れ、心臓が早鐘を打った。
「お疲れ様です」
「おお、漆沢(うるしざわ)。早かったな」
「はい、交渉スムーズにいったので。F社からオープンする新規店、ばっちり契約取れましたよ」
爽やかな笑顔で、女子社員みんなからの視線を集める男性。漆沢静(うるしざわしずか)二十九歳は、料飲店営業部二課のエースである。彼は二年ほど前に中途入社してきたばかりだというのに、あっという間にエースまで上り詰めた敏腕の営業マンだ。噂では、競合他社からのヘッドハンティングだったとかそうでないとか。いずれにせよ、未だ年功序列が残るカナリアホールディングスでも、次期課長として期待されているほどだ。
細身の筋肉質で高身長。控えめな二重の奥にある漆黒の瞳は、クールな印象を与えるが、少しだけ焼けた肌から白い歯を覗かせた笑顔は、やんちゃに見えて可愛らしい。どちらの表情も、彼の顔が整っていることには変わりないのだけれど。
そんなギャップを無意識(かどうかは不明だが)に使いこなす漆沢さんは、言わずもがな男女問わず人気者だ。
彼は自席に戻る前に私を見つけると、こちらへ近づいてくる。
「あ、素山さん。資料ありがとうございました。今回もわかりやすくて助かりました」
「……いえ。私は頼まれた仕事をしただけですから」
「はは、相変わらず塩対応だなぁ」
なるべく平静を装って返せば、漆沢さんが屈託のない笑顔を浮かべる。
ああ、もう朝からその笑顔は破壊力がはんぱないのでやめてください……。
彼の営業マン気質は、誰とでも分け隔てなく接することができる性格からもにじみ出ている。こんな地味な私にさえ笑顔を向けてくれるのだから、サービス精神が旺盛すぎる。
何事もなかったかのように作業に戻ろうとすれば、漆沢さんがすぐ横まできて、周りに聞こえないくらいの声で話し始めた。
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