唯一無二の推し

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「じゃあ、あたしに頂戴。どら焼き好きだから」  その日の夜。会社近くの居酒屋にて、無神経な発言をするこの女性は、大学時代の同級生で、今は外資系メーカーに勤めている平貫栞(ひらぬきしおり)。なんとか定時退社を勝ち取った私は、栞と二人で飲みに来ていた。  栞はショートカットがよく似合う美人で、性格はクールな一匹狼体質。普段からまったく笑顔を見せず人を引き付けないオーラがあるけれど、意外にも孤独な私とは意気投合し、大学卒業後もよく会っていた。特にお互い酒好きな点では気が合うので、毎回集合場所は飲み屋になるのだが。 「あげるわけないでしょ……!? 漆沢さんが配給してくれたんだから」 「配給ってなに。そのまま腐らせちゃうんじゃない。鑑賞しすぎて」 「……大丈夫。今回は、さすがに食べるから」  どら焼きが嫌いとはいえ、まったく食べられないわけではない。しかしながら私にはちょっとした『収集癖』があり、こうしてもらったものをコレクションしてしまうのだ。  今回のどら焼きの消費期限はなんと明日まで。さすがに食べなければ腐ってしまうだろう。本当に、永遠に保存できればいいのに。  代わりに鞄から取り出したどら焼きをテーブルの上に置き、スマートフォンのカメラに収め、それらをとあるアルバムフォルダへと保存した。  何事もなかったかのように鞄へしまうと、栞は嫌悪感を隠さずに顔をしかめた。 「またやってるよ……このストーカー」 「ち、違うし。これは推し事(おしごと)だから!」 「物は言いようだね」  ――言うまでもなく、私は漆沢さんの『ファン』だ。  これまでに彼から貰ったものは、物であれば飾り、食べ物であれば写真を取ってスマートフォンの『推し事専用フォルダ』へと収めている。……それから、(インターネット上から拝借した)彼の写真も何十枚か。念のため言っておくと盗撮はしていない。  ちなみに食べ物は腐ってしまうので、中身を食べたあとのパッケージを綺麗に保管している。彼に会えない時は、それらを眺めるのが私の癒しの時間だ。 「これならアイドルの方がまだマシだったよ。一般人っていうのがタチ悪い」 「仕方ないじゃん……もう応援する人いないんだから。それにお金も使ってないし」 「あーまあそれはよかったかもね。そのうち貢ぎ物とかしないようにね」 「す、するわけないし……!」
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