ただ、あなたが好き。それだけ。

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彼が笑う。 私は、ぼんやりとそれを眺めていた。 彼の口が動く。 『好きだよ』 紡がれたのは、愛の囁き。 驚いて、でも嬉しくて。 抱きしめてくる、あたたかな腕に身を任せた。 ………まぁ、夢なんだけれど。 夢のなか、笑う彼。 私が密かな想いを抱いているひと。 背が高く、頭がいい。 運動はそこそこ出来る方(万能ではない)。 クールなイメージだけど、話すと明るくて。 笑顔が可愛い。 そんな、年下の男の子。 出会いは、偶然だった。 その日、買い物を頼まれてスーパーに行った私は、惣菜コーナーでマナーの悪い女性に最後の一つを奪われた。 「あの、それは私が……」 手に取った瞬間だったので、よくある一つのものにお互いの手が触れたというシチュエーションでもない。 「は?何あなた。私が悪いの?」 睨んで来る、おば……女の人。 「……あ、の…それ、私が……」 修羅場をくぐり抜けて来た戦士。 そのオーラに圧倒されてしまい、私は諦めようとした。 ここで口論するより、母親に謝って別のスーパーに走った方がいいと思った。 だけど。 「俺、見てましたよ。あなたが、彼女からおかず取り上げたの」 振り返ると、彼がいた。 「何よ。子どものくせに。こういう時は、大人に譲るものよ!」 「いいえ。あなたは間違えています。子どもになら、何を言ってもいいんですか?大人なら、子どもを正しい道に導くべきではないですか?」 「な、何なのよ!主婦は忙しいの!」 「…………またあなたですか?」 騒ぐ女性に、第二の声。 店員さんが呆れたように立っている。 「何よ。みんなして!私は悪くないわ」 「他のお客様に迷惑をかけないで下さいと、あれだけお願いしたのに。もう二度と来ないでください」 「ま、待って。家から直ぐのスーパーはここだけなのよ!」 「知りませんよ。ここから、徒歩10分圏内にはコンビニもありますから」 「10分も歩くの嫌よ!!」 でっぷりと太った女性だからか、とてもごねていたけれど。 有無を言わさず、店員さんは追い出してしまった。 「お客様、大変失礼いたしました。こちらの商品は作り直しますので、お時間少々いただいて宜しいですか?」 取られた際に、ちょっとだけ形が崩れてしまった。 あまり気にしてなかったけれど、せっかくなので、ありがたく好意を受け取ることにする。 「あ、はい……」 「ありがとうございます」 言って、店員さんは頭を下げた。 「あの、ありがとうございました」 助けてくれた男の子に告げる。 「いいんですよ。災難でしたね」 そう言って、笑う顔にキュンとした。 あれから、2か月。 彼と同じ学校なのは分かった。 一学年、違うことも。 苗字も。 潮崎くん、という苗字だと友達が言っていた。 部活には入っていないけれど、図書委員だということも。 本が大好きだってことも。 だけど、私は話しかける勇気がない。 図書室に行けば、会えるのに。 会いにいく勇気もない。 そう、いつだって私は自信が持てない。 昔から。 オドオドして、自分の意見をなかなか言えない。 だから、家族にも苦笑いされる。 怒られることはあんまりないけれど。 でも、どこか一線引かれてる感じがある。 けして、嫌われてるわけじゃない。 弟は、利発的で自分の意見をはっきり言うから。 いつだって、羨ましい。 「姉ちゃん、もっと自分持てよ」 何度言われたか分からないけど。 性格はそうそう変えられるものじゃない。 「あーちゃん、潮崎くん図書室の係だって!」 友達にそう言われた時も、そうなんだねありがとう、としか言えなかった。 「………………あーちゃん」 「へ?」 考え込んでいたら、友達が顔を覗き込んできた。 「あ、何?」 「大丈夫?なんか、ぼーっとしてるけど」 「………うん」 「なんか、ちょっと顔色悪いよ?ほんとに大丈夫?」 「………そういえば、ちょっと頭痛いかも」 「もう!具合悪い時くらいちゃんと言ってよ」 「そうだよね、ごめん」 「いいけど。……保健室行こう?」 「うん、ありがとう」 「あれ?先生いないね?」 「うん」 「とりあえず、寝てなよ」 言われて、ベッドに横になる。 「私、先生を探してくるね。ゆっくりしといて」 優しいことばをかけて、友達は出ていった。 秋風が、カーテンを揺らす。 心地よい。 春眠暁を覚えず、とは聞くけど。 秋も、眠さを引き連れてくる。 優しい風、落ち葉の舞う音。 暑さが緩み、まだ寒さも然程ない過ごしやすい季節。 瞼が、自然と閉じる。 そのまま、私は眠ってしまった。 気持ちいい。 優しく頭を撫でてくる手。 少し大きい手。 ………あたたかいなぁ。 誰なんだろう。 ゆっくりと離れていく掌。 これは、夢なのかな。 きっと、そうだよね。 「あーちゃん」 友達の声で、目を開ける。 頭の痛みは、薄くなっている。 「大丈夫?」 「うん」 「……逆波さん。ごめんなさいね。ちょっと離れていたものだから」 「いいえ」 具合はどう?と優しく言われる。 「大丈夫です」 「顔色もいいわね。……もう教室戻る?」 「はい」 無理はしないでね、と先生が私の素中を叩く。 あの掌とは違う。 やっぱり夢、だったのかな? 「あーちゃん?どうした?」 「ううん。なんだか、心がポカポカするような夢をみたの……」 すごく、幸せを感じるような。 「そっか。良かったよね」 詳細を聞かれないことに、ビックリした。 彼女は、そういう話大好きなのに。 「いい夢は、言っちゃったら正夢にならないから」 幸せな夢なら、正夢になって欲しいじゃん? 彼女が、ニコッと笑って言う。 「うん、そうだね。ありがとう」 彼女が友達で本当に良かった。 「そうだ。今日のAランチ唐揚げだって!楽しみだね」 「うん。唐揚げ好き」 「あぁ〜、その前に三限はミニテストありそう!」 教室に戻るまで、彼女との話は尽きなかった。 三限のミニテストは、彼女の予想通り実施された。 あぁ言っていながら、満点とる彼女はさすがだなぁと思う。 私………の点数は面白くないから教えない。 平均の68点よりは上だったけどね。 可もなく不可もなく、いつも通り。 「あーちゃん。テストどうだった?」 「うーん。普通かなぁ」 「普通って。もう、相変わらずだね」 学食の食券売り場に並んで、2人で話す。 彼女だけだ。 私とちゃんと話してくれるのは。
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