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「……俺のことは気にしなくていいから。それより、まだ思い出してないことあるんじゃない?」
「え……?」
「友達のこと、覚えてる?」
そう言われて口をつぐんで思い出そうとする。なんとなく曖昧な記憶を辿るが誰の名前も思い出せない。だが僕にだって友達はいたはずなのだ。これも頭を打ったせいだろうか。
「……わからない」
しばらくしてから呟くようにして言った。
「次、止まります。急な停車にご注意ください」
またアナウンスが流れ、しばらくしてバスが止まる。ドアが開けばそこから制服を着た女子が乗ってきた。お兄さんが僕らの隣の席を案内して彼女を座らせる。
「……あなたはなんでここに……」
僕の方を見て、恐る恐る、という感じに口を開いた。その口から発せられた言葉はひどく震えていて、小さな声だった。
「僕は、事故で……」
その言葉を聞いて彼女はハッとした表情をして、なぜか僕を一瞬睨んだ。
「君は?」
僕と出会った時のように、質問をぶつける。彼女は少し考えるような間をとってから俯きながら話し始めた。
「私、自殺したの。でも、死んでからすごく悔しくて……どうして、辛い私が命を捨てて、私を苦しめたアイツらはこれから楽しい人生を送るんだって……」
彼女の声に、怒りという感情が表されていた。きっと、本当に辛い日々を送っていたんだろう。追い詰められて、楽になりたくてその命を投げ出したのだろうか。
「あなたが羨ましい」
少し間を置いてから僕の方を見つめて彼女はそう言った。僕は意味がわからず、どう答えればいいのか悩んでいたらまた彼女は僕から顔を逸らす。
スカートの上の拳を握りしめて、震える唇から溜息に似た息を吐く。けれどそれは、呆れとか、疲れからではない。彼女は気持ちを落ち着かせているのだ。
「……私みたいに辛い日々を送った訳でもないし、きっと友達も沢山いたんでしょ? 大切な家族も」
「……そう、だね」
「私からすればそれだけで羨ましい。私には友達もいなかったし、慰めてくれる家族もいなかった。あなたは私が求めたものを全部もってる」
僕はつい、黙ってしまった。自殺するほど追い込まれていた彼女が僕を羨ましいと思うのは当たり前だ。
「羨ましい、よ。……私、どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
握りしめていた彼女の手の甲に涙が落ちる。復讐したいという憎しみの気持ちで彼女は留まってしまった、そしてこのバスに乗ったんだ。席を立って、彼女の方に向かう。お兄さんも察してくれたのか席を立って後ろの席に移動してくれた。涙の落ちた彼女の手を握れば驚いてこっちを見た彼女とやっと目が合う。
「僕が、君の最初で最後の友達になるよ」
その瞳は僕を睨むわけでもなく、怯えているわけでもなく、ただまっすぐ僕を捉えている。僕の言葉にまた涙が溢れれば僕の手を握り返して、もう片方の手で涙を拭い続けた。しばらくして落ち着けば、彼女はやっと僕に笑顔を見せる。
「僕の名前は瑞希。……君は?」
「……私の名前は、咲良。ありがとう、瑞希君」
「ごめん、僕みたいなやつが君の最後の友達で……」
そう言うと咲良は首を横に振る。すると先程よりも優しい、柔らかい笑みを見せた。
「瑞希君でよかった。私、また君に会いたい。次は、ちゃんと元の世界で……」
その言葉を残して、咲良は薄れて消えていった。さよならは言わせてもらえなかった。あっけない別れに、僕はその場で数秒固まる。咲良の手の体温が残っているような気がして、手を見つめた。
僕も、元の世界で咲良と出会い直せたらと、その時願った。
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